匿名で剥き出しになる憎悪
相手が刑事事件の被告人や事件の加害者であったとしても、誹謗中傷が許されるわけではない。
「スマホを取り上げるわけにもいかないし。せっかく頑張って希望の大学に合格したのに。こんなことで退学になったらと思うと不安で仕方ありません」
正子(仮名・40代)の大学生の息子は、インターネットの掲示板で知人がある事件に関与しているといった書き込みをした。被害者から民事裁判を起こされ、親として損害賠償の支払いを済ませたばかりだ。息子は、これまでも主義主張の異なる政治家に執拗に電話をかけ警察から注意されたり、SNSでトラブルを起こしていた。本人に話を聞くと、
「僕たちは不正を追及してるんです。そもそもマスコミがだらしないから悪いんですよ」
と挑発的な反論をするものの、抗議活動は実名ではなくなぜ匿名なのかを問うと、
「大学や家族に迷惑がかかるから」
と、加害性を認識していないわけではないようだ。匿名ならば、普段、他人には見せない「怒り」をストレートに解放できるという。しかし、結局、事件化すれば尻拭いをさせられるのは親なのだ。親としての不安は尽きない。
歪んだ自己実現のリスク
正義を声高に叫ぶ人ほど自らの加害性に鈍感である。「相手にもっとよくなってほしいと思って」「世の中から不正をなくしたくて」など理由はどうあれ、手段が行き過ぎれば犯罪になることもある。
被害者と一対一ではなく個人対集団の中で、同様の書き込みをする人との連帯感によって行為がエスカレートしやすい。表現が過激になればなるほど目立ち、加勢する書き込みも増えることによって、オピニオンリーダーになった気分になり承認欲求が満たされるという。
しかし、事件化して「加害者」になった途端、周囲は一気に冷ややかになり味方してくれる人はいなくなる。今度は自分や家族が攻撃の対象になることもあるのだ。
「人を呪わば穴二つ」肝に銘じる必要がある。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。