人はいつでも“現役”

 ここで救世主が登場する。『だめんず~』連載時、“ダメ男体験談”を取材した友人のA子さん(40歳・当時はギャル)だった。彼女からある日、「たま(倉田)先生、私もペンタブ買ったっすわ。漫画家目指すっすわ!」と連絡がきた。倉田さんはその意外性に驚いて「漫画描いたことあるの?」と聞いてみたところ、A子さんはこともなげに「いや、ないっすわ!」と言いのけたという。

 そこからが急展開。倉田さんは、ペンタブを使ってイラストレーターをしているママ友がいたことを思い出し、A子さんと一緒に弟子入り。

「お茶菓子を食べたり、おしゃべりしたりで、楽しみながら5時間ペンタブを学んだのですが、教室に通ってもできなかった私が、2~3回通ったぐらいで、使えるようになり始めました。もちろん授業料も払いましたよ! 教室よりは少額ですけど(笑)」

 楽しみながらやることが大事だったと気付かされた。みるみる腕前は上達、さらにペンタブを使うことは倉田さんのコンプレックスをも克服したのだという。

「私、絵がヘタなんですよ。ヘタウマじゃなく、単にヘタなだけ。遠近法、デッサンなどの基本を習ったことがないし、できもしない。あるバラエティー番組に出て絵を披露したとき“絵が上手い芸人よりヘタ”の烙印を押されたことも(笑)」

“紙とペン”時代は、力の入れ具合で線の太さが変わる『Gペン』を使いこなすことができなかった。しかし、ペンタブではGペン的なタッチで、味のある線が描けるようになった。構図的にキャラの大きさが不自然に感じるときは、ペンタブの『拡大縮小機能』を使えばいい。写真をペンタブに取り込みトレースして、違和感のない背景をつけることも可能だ。倉田さんは「右の横顔を描くのが苦手」だが、それも『反転』機能で解決。何度も描き直しがきくという点も絵のクオリティーを底上げする。そういった挑戦を経たことが、倉田さんが“新作を描けた”理由なのだという。

「新作はフィクションを描くしかないと考えました。私が好きなジャンルはミステリー。あと、ホラーやSF、恋愛。ですが絵のビハインドがある私にとって、上手な絵の恋愛漫画が多い今、恋愛だと負けてしまう。絵が描ける人があまりいないジャンルはなんだろう、と考え、ミステリーものだと思ったんです」

倉田真由美さん
倉田真由美さん

 早速、原作に取り掛かり、3か月で字数にすれば10万字にも及ぶストーリーを創り上げた。ホラー好きもあり、「首なし死体」などのおどろおどろしい要素も取り入れた。そしてできたものが『凶母(まがはは)~小金井首なし殺人事件 16年目の真相~』だ。物語はニセ霊能者の元を、16年前に起きた「小金井首なし殺人事件」の被害遺児が訪れることから始まる。倉田さんにとって初の長編。初のミステリー。そして初のペンタブで描いた電子コミックとなる。

“形”が引っ張りあげてくれたおかげで描けた作品だと思います。デジタルを使えるようになった今はもう、紙には戻れませんね。原稿は人にあげたり捨てたりしました。

 そもそも私は(『凶母』のような)1話あたり24ページのストーリーものなんて描いたことがなかったので、新人漫画家としてデビューしたような心持ちでいます。どこまで通用するのかすごく怖いけれど、同年代の人たちに“新しいチャレンジは何歳からでもできるよ”、と伝えたい。(先述の)元ギャルの友達・A子さんもなんと、漫画家デビューが見えてきました! 意識次第で人はいつでも“現役”だし、新しい世界に飛び込めると信じています」

(文/衣輪晋一)