その根拠として示された箇所を引用して紹介する。'18年9月に、上皇さまの退位についてどう受け止めたか江森氏が尋ねると、秋篠宮さまはこう答えられたという。
《ある一定の年齢を超えた時期に、余生を大事にすることは、それが天皇であっても同じ人間として人間的に生きる権利という観点からも大切なことではないかと思いました》
さらに半年後の'19年2月、お代替わりを控えた秋篠宮さまに対し「皇嗣殿下としての心構えや決意を教えてください」と江森氏が問いかけると、
《「うーん」と、しばらく考えていたが、求めていた答えは返ってこなかった》
前出の宮内庁OBが語る。
“人間的な自由”に制約がかかる
「“秋篠宮さまの素顔を国民に伝えること”を目的として執筆された以上、秋篠宮さまは“ご自身の考えを公にする”意識で取材に応じられたはずです。同書では皇嗣への熱意よりも、“人間的な自由”の主張が目立ちます。私は“天皇になる意識はない”というメッセージだとお見受けしました」
皇室制度に詳しい静岡福祉大学の小田部雄次名誉教授はこう解説する。
「上皇陛下が生前退位された前例があるため、秋篠宮さまが高齢を理由に即位を辞退なさる可能性はあるでしょう。幼少のころより“皇位を継承する皇族”としてお育ちにならなかった秋篠宮さまが、今さら皇位継承者としての心構えや生活態度を整えるのは難しいとお考えなのかもしれませんし、多くの人はそのお考えを理解すると思います」
そう共感を示しつつも、
「皇嗣である以上、次の天皇となるべく心構えや生活態度を養っておくのが務めともいえます。少なくとも、悠仁さまが一定の年齢に達し、皇位継承者としての心構えや生活態度が身につく前に、即位を辞退することをほのめかすのは、軽率な印象を与えかねません」
現実味を帯びる秋篠宮さまの“天皇スキップ”。そのしわ寄せが及ぶのは、皇位継承第2位の悠仁さまだ。
「生まれながらにして“いずれ即位する”という運命を背負った悠仁さまは、秋篠宮さまのように“重圧から逃れる”ことはできません。本来は、天皇である父の姿勢を受け継ぐことが“帝王教育”の一環になりますが、悠仁さまの場合、“秋篠宮さまを倣えない”ということに当惑されるのではないでしょうか」(宮内庁関係者)
仮に秋篠宮さまが75歳で即位を辞退された場合、悠仁さまは34歳で即位されることに。そうなれば、皇后となるお相手へのプレッシャーは計り知れず、“お妃選び”が難航することも考えられるという。
「お気の毒かもしれませんが、未来の天皇である以上、進学や恋愛などの“人間的な自由”に一定の制約が伴うことは免れません。責務へのご自覚を持ち、よき天皇になるための研鑽が求められ続けます」(小田部教授)
秋篠宮さまが追求する自由は、“重圧と困惑”と化して悠仁さまにのしかかる─。
小田部雄次 静岡福祉大学名誉教授。日本近現代皇室史を専門とし、『皇室と学問 昭和天皇の粘菌学から秋篠宮の鳥学まで』(星海社新書)など著書多数