レジェンド声優に聞くその2

森川智之(もりかわ・としゆき)さん
1967年、神奈川県生まれ。トム・クルーズなどハリウッド俳優の日本語吹き替えも多く担当。アニメーションでは『鬼滅の刃』の産屋敷耀哉や『クレヨンしんちゃん』の野原ひろし(2代目)など、二枚目から三枚目まで幅広いキャラクターを演じる。

 トム・クルーズの吹き替えでおなじみの人気声優・森川智之さん(55)の原点は、勝田声優教室(後の勝田声優学院)にある。お茶の水博士の声優で知られる故・勝田久さんが設立し、多くの人気声優を輩出した伝説の声優養成所だ。

 森川さんは高校時代、アメリカンフットボール部に所属し、体育教師を目指していたが、部活中に頸椎を損傷してしまい教員の道を断念。友人のすすめで「声の仕事」に興味を持ったという。

「入学したきっかけは、夏休みに参加したサマースクール。そのときの授業が楽しくて9月に入学しました。すると、入学初日に『これから君は先生をやりなさい』と勝田さんに言われて、生徒として演技のイロハを学びながら発声の先生もする“二刀流”の学生生活が始まったんです」

 新入生ながらのどが強く、大きかった森川さんの声が勝田の耳に留まったのだ。

「それからは学校に通いつつ、勝田さんの現場や朗読教室についていく“鞄持ち”もしていました。新人では行けないような現場にも連れていってもらえて、とても勉強になりましたね。入学から3か月後には、プロの声優として仕事もいただきました。ただ、どんなに優秀な学生でもプロの現場ではいちばん下。監督に名前を呼んでもらえなかったり、全然OKが出なかったりして、仕事の帰り道はいつも足取りが重かったです

 今年でキャリア37年目を迎えた森川さんは「すべての経験がつながっている」と話す。

大先輩の故・石森達幸さんにいただいた『続けていれば大丈夫。やめたらおしまいだよ』という言葉は、今でも大切にしています。僕は今現在、養成所を運営して若手を育てていますが、もともと先生になりたかった僕が、巡り巡って教える側になれたのは不思議な縁ですよね。今はすぐに結果や答えを求める人が多いですが、演技の幅を広げるのは経験と年輪。これからもプロセスを大切にしていきたいです」

 そんな森川さんが、先達のレジェンド声優たちの“すごみ”が感じられる作品をひとつ挙げるとしたら、この作品だという。

「『ガンバの冒険』(1975年)ですね。7匹のネズミたちが、島を支配するイタチのノロイに立ち向かうストーリー。マコさん、内海賢二さんや富山敬さんなど、錚々たるメンバーが声優を務めているのですが、全員個性的なのに調和がとれている奇跡の作品です。

 誰ひとり欠けても成立しない、絶妙なバランスに匠の技を感じます。アニメ放送時は子どもだったので声優という仕事を意識していませんでしたが、当時もワクワクしながら見ていました。機会があれば見てほしい!」


取材・文/大貫未来(清談社) 撮影/佐藤靖彦(柴田さん)