厳しく躾けた娘が加害者に

 現場となった中学校と同じ市内にある小学校に娘・マナ(仮名・10歳)が通う冴子(仮名・30代)は、その日まで、いじめなど他人事だと思いながらニュースを見ていた。

 学校から急に呼び出しを受け向かうと、娘からのいじめを理由に不登校になっている児童がいるという。

「頭が真っ白になりました。娘も心当たりはないというんです。あの中学校での事件で学校も神経質になっていて、何かの間違いじゃないかと」

 不登校になっていたのは、娘といちばん仲の良いリコ(仮名・10歳)だった。つい最近まで自宅に遊びに来ていたはずなのに、なぜ、こんなことになってしまったのか。

 リコの訴えは、マナから度々暴言を吐かれたり、叩かれたりしており、クラスメートの多くがその現場を目撃しているのだという。マナは「暴言」という言葉が理解できず、

「リコちゃんに怒ったりしたことはない?」

 と娘に聞くと、

「マラソンが遅い、音楽の練習をしてこない、給食の片づけが遅い」

 など、自分のペースに合わないリコちゃんの言動に怒鳴ったり、叩いたこともあると認めた。

 冴子はそれを、自分の厳しすぎる躾のせいだと思った。冴子の夫は転勤族で転校を経験しており、かつてのんびりしていた田舎から都市部に転校したとき、娘たちが学校についていけずに苦労した経験があった。

 それ以来、どこに行っても遅れを取らないよう、勉強もスポーツも完璧であることばかり求めていた。その甲斐あってマナの成績は良かったが、周りに厳しすぎる娘たちから、友達は離れていくばかりだった。

 リコが学校に復帰するにあたり、マナは数日間、ひとり別室で授業を受けることになった。リコの両親は謝罪に応じたことから、まもなく学校側の配慮もあり、マナもこれまでと同じようにリコのいる教室に戻ることができた。ふたりが以前のような関係に戻ることはなかったが、子どもたちは平穏な生活を取り戻していた。

 ところが、加害者家族になった冴子の自責の念は深く、長期間、うつ病に悩まされた。

「“事件”になったわけではありませんが、短い期間でも娘が“加害者”と呼ばれたことはショックでした……。“加害者”というと、人ではないみたいで。まさか、娘がそんな立場になるとは思わず、むしろそうならないために厳しく躾てきたのですが」

 しばらくの間、冴子は社会的制裁を受けるかもしれないという恐怖に、外出をすることもスマホを見ることさえできなかった。

「“加害者の過去”が娘の未来を永遠に奪ってしまうような気がして、私が死ぬことで世間に許してもらえたらと考えてしまうんです」

「いじめにはいじめを」では解決にならない

 加害者やその家族へのバッシングは、事件報道によって一斉に行われるが、目の前で起きているいじめに対して、「やめよう」と声をあげられる人はどれだけいるのだろうか。

 もちろん、いじめをする側が悪いということは言うまでもない。ただ、「叩いてよい」という空気が蔓延すると、バッシングは歯止めが効かなくなり、この現象こそがまさにいじめとなってしまう。

 暴言・暴力はいかなる相手、場所においても行われてはならず、いじめに対して同調圧力に屈せず、「ノー」と言える勇気を持つことこそ、ひとりひとりに求められている課題ではないだろうか。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて、犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。