芸能界を目指すも父からの猛反対
実家は大分県臼杵市にある臨済宗の寺で、物心つく前から父のそばでお経を読んで育った。葬式があれば父に同行し、中学生のころには毎年お盆になると棚経をあげにひとりで檀家をまわっていた。大学時代に放送研究会へ入り、声の仕事に魅力を覚えるも、外資系ホテルに就職。
しかし「本当に自分が一生かけてやりたい仕事なのか」と自問自答の末、1年半で退職し、声優事務所・青二プロダクションの付属養成所に入所している。改めて声のプロを目指すが、父からは「芸能界に入るなんて」と猛反対にあった。
「父を説得するため、なぜ声の世界に進みたいのか、レポート用紙に書いて提出しました(笑)。あとこれはずいぶん後になって知った話ですが、心配した父がこっそり俳優の山田吾一さんに電話で相談していたようです。うちの実家のお寺は吉四六さんの菩提寺で、山田さんが映画の撮影で1か月間ほど逗留していたご縁があったんです。恐らく山田さんには、“青二プロダクションならきっと大丈夫でしょう”と諭されたようですけど(笑)」
自身も僧籍を持つが、これは講釈師として高座に上がるようになってからのこと。
「講談の世界に入ったら、いろいろなお寺さんへ行って公演をすることが多くなって。ならば私も僧籍を取ろうと考えて、京都のお寺へ修行に行きました。講談にしてもそうですが、きっと私は修行をするのが好きなんですね(笑)」
二ツ目昇進から11年がたち、この秋真打に昇進。10月からお披露目公演を行う。
「真打に昇進させていただくことで、やっと師匠とおかみさんに“ありがとうございます”と言うことができ、ちょっとひと安心といった気分です。とはいえ真打になったからといってこれが終わりではなく、新たなスタート。やはり私たち演芸の世界にいる身としては、真打を通らないといけないし、その先に向けてまた覚悟を決めていくつもり。いろいろ大変ではありますが、私自身楽しみ、そしてとにかくお客様に喜んでいただけるような真打披露にしたいと思います」
真打昇進はひとつのステップとし、精進を欠かさず上を目指し、声の仕事にこれまで以上に力を入れる。
「私はやはり表現するのが好きで、声の道に進んだのも、講談の世界に入ったのもそう。自分にしかできない表現があるならば、それを模索したい。最近は技術が進み、AIが何でもできるようになってきました。つい先日AIのナレーションを聞いたら、これがなかなかうまいんです(笑)。この先、人の声は必要なくなるかもしれない。
でも心や感情が伴うことで出てくるもの、コツコツ努力したその先にあるものをお見せするのは私たちの仕事で、そこは諦めたくない。“この人の声だから聞きたい”と思ってもらえたら、そこにひとつ価値が生まれるはず。講談でもナレーションでも、お客様に“一龍斎さんの声で聞きたい”と言われるようになれたらと思っています」
一龍斎貞弥さん 声優、ナレーター。カーナビなどの機械音声、テレビ番組のナレーションのほか、講談師としても活躍。10月から始まる〈一龍斎貞弥真打昇進披露興行〉の詳しい情報は、講談協会公式ホームページで確認を
<取材・文/小野寺悦子>