それでもお互いを必要としていることは、変わらない。健さんが席を外したときに、江美さんはこうも話していた。

「私もなんで“死にたい”という言葉を聞いていたのに止められなかったのかと今も自分を責め続けています。それは、主人も一緒で苦しんでいる。だからこそ、私がいなかったら主人は死んでしまうと思うんです。嫁ぐと決めたからには、最後まで一緒にいなきゃって」

 そう話すと、江美さんは寂しそうに微笑んだ。

「昨年から主人は配送の仕事を、私は飲食店で働いています。少しずつ任されることも増えてきて、必要とされているんだなと嬉しく感じています。死にたいという気持ちが強くなっても、間違いを起こさないよう“ドラマをためてあるから見なきゃいけない”とか“カウンセリングに行かなきゃいけない”とか、本当にささやかな予定を入れるようにしています。猫も家族のようなものですから、この子たちのご飯代も稼がなくちゃいけませんから」

 8月も中盤を過ぎ、子どもの自殺が増える新学期が、間近に迫る。

「拓実が亡くなってから、さまざまなメッセージを発していたことに気がつきました。“もう死ぬ”という言葉が自宅内にある電気のスイッチに一文字ずつ書かれていたり、拓実が大好きだったパソコンのパーツを、一緒に組み立てようと主人が買い集めていたのですが“もう買わなくていいから”と言われたこともあったそうです。メッセージを発信していたのに、なんで気がついてあげられなかったのかと今も、後悔しかありません。子どもが発している些細なメッセージに目を配り、見つけたらしっかりと受け止めてあげてほしい」

 そして、

「私も命の大切さを説いたり、学校には行かなくていいとも言いました。だからこそ、子どもから“死にたい”“学校に行きたくない”という言葉を聞いたら“学校には行かなくてもいい”と強く何度も言ってあげてほしい。悩んでいる子も、親はちゃんと話を聞いてくれるから伝えてほしい。親がダメなら、近所のおばちゃんでも、第3者でもいいんです。聞いてもらえたら、きっと何かが変わるはず」

死なないで。逃げだしていいんだよ

 目にいっぱいの涙を浮かべ、江美さんは、こう呼びかけた。

「死なないで。つらい場所からは、逃げだしたっていいんだよ……」

 拓実くんに届くはずだったこの言葉が、苦しんでいる子どもたちに届くことを願う。