AV監督・市原克也さんに聞く「過去と今、そしてAV出演強要問題」
「AV新法」を受けて、AV業界は大きな変化を余儀なくされている。これまでAVはどのような変化を遂げてきて、今後どのようになっていくのか。出演強要などはあったのか。AV監督の市原克也さんにお話をうかがった。
市原さんは1988年にAV男優としてデビューし、「ヨヨチュウ」の愛称で親しまれるAV界の巨匠・代々木忠監督のもとで『ザ・面接』シリーズの“面接官役”を務め、1990年代の黎明期からAV業界を生き抜いてきたレジェンドの1人である。
「AV新法」について、どう思われますか?
十分な手続きを取らずに唐突に成立した印象です。当初は「本番行為を禁止する内容になるのでは」との憶測もありましたけど、今回はその点は盛り込まれず、撮影に当たっての事前契約に重きを置いた中身ですね。撮影までに1か月、販売までに4か月という期間を設定したことで、不本意にAVに出演する被害者救済の効果は一義的にせよあるとは思います。
しかし、これまでAV業界でトラブルもなく仕事をしてきた女優や男優にとっては、困惑する内容が少なくありません。特に施行後はしばらく現場が少なくなってしまって、それに対する不満は多かったです。また、撮影直前に病気や家庭の事情などで急な出演キャンセルがあった場合、前もって差し替え用のキャスティングをしていないと対応できなくなりました。
そういうサブ(代役)のキャスティングの需要が発生して、撮影が重なる日には男優不足になる可能性がありますね。また、契約締結に関する手続きが煩雑で、メーカーや演者共に契約事務負担が過大になっています。
「AV新法」は「自ら希望して働くAV女優の存在を無視している」という声があります。根底に、AV業界やAV女優への偏見と差別があると思われますが、その点をどのように考えますか?
今回のAV新法で最も被害を受けたのは、自ら希望して働くAV女優たちであることは間違いないでしょう。出演強要などの被害に遭った方の救済が重要であることはもちろん理解できますが、一方で自発的に働いている女性たちが被害者救済の大義名分のもと犠牲になった面もまた否定できないと考えます。
AV業界やAV女優への偏見と差別、それだけでなく性産業全般に対する蔑視の風潮が従前からあることは厳然たる事実です。業界人がきちんと発信することは必要ですが、それでも差別偏見はなくならない。それが現実だと思います。ただ、時代の変遷とともに受け入れられる部分は増えてきつつあると実感しています。
AV出演の強要について、過去にはそのような実態があったのでしょうか?
昔は、女優が作品の内容を事務所によく聞かされずに現場にやってくるケースがありました。そういう場合は現場で説明するのですが、「あの男優さんとはやりたくない」など、当日その場で言い出す女優もいるわけです。そういう場合は事務所に電話して話してもらったり、こちらで説得したりします。どうしても無理なら現場をバラすしかありません。差し替えられる相手を急遽、探したりしていました。
現場の意見としては、撮影が無理な女優にこだわって撮る必要はないわけですよ。できる子を呼んでくるのが一番なんですが、当時は「どうしてもその子で撮りたい」というメーカー側の意向が強くあったり、「ともかく連れて行くから、あとは現場で口説いてくれ」などという事務所の強引なやり方もあったりして、本来の仕事ではないのに監督や男優が説得する場面がありましたね。
私個人の経験に思いおこすと、当時の事務所の女優への対応は、事前の出演内容の説明などについて、比較的大雑把な部分がありました。それで、難色を示す女優に現場が説得を試みなくてはならない場面はあったのですが、強要はしなかったですし、それなりに柔軟な対応をしていたと思います。
2016年のある大手AVプロダクションの「AV出演強要」事件があり、大きな社会問題になりました。その前後でAV業界をはどのように変わったでしょうか?
あの事件も真相についていろいろ言われてはいますが、正直そのあたりはよくわかりません。強要があったにせよなかったにせよ、「メーカーとしては、ムリヤリ出演を強制されたという声は出ないようにしたい」という動きがありました。
誤解してほしくないのですが、これは女優が声を上げられないように隠蔽工作をしようとしたとかいうことではなく、撮影後のトラブル回避のため現場の様子がすべて記録される固定カメラを設置して、問題なく場が進行している映像を記録することで物証にしようという取り組みです。このシステムは大手メーカーでも採用されています。
撮影内容の説明も、事件前より詳細かつ丁寧に行われるようになった印象ですし、何より現場サイドでも「女優が嫌なことはしない。やってもいい絵は撮れない」というのは分かり切っているので、当日「これはイヤだ」と言われたら、対応する監督が多いはずです。それでも柔軟でない現場、メーカーもゼロではなかったのが実態なのかもしれませんが……。
私に関して言えば、熟女ものを中心に撮影していたためか、事件の前後で現場に問題や混乱は見られませんでした。幸い出演者は女優を含め、みんな和気あいあいとした雰囲気のなか撮影に臨んでいたように思います。
「AV新法」後、AV業界はどのようになっていくでしょうか?
撮影までの1か月、販売までの4か月、この設定ってかなりメーカーを苦しめると思います。財政悪化ですよね。さらなるコストカット、低予算化を生み、業界の収縮につながると見ています。
そういう意味ではいくつかの大手メーカーと小回りのきく個人メーカー、あるいは同人AVの二極化に向かうかもしれません。4か月間でお蔵入りする作品がどれだけでてくるか、ちょっと読めませんが、影響は大きいはずです。新人女優が4か月後も業界にいるというのは簡単な話ではないからです。1か月もたない子も多いので。
昔は男優から電話がかかって来て「金ないのでなんとかお願いします」「わかった。明日来いや」みたいな人間関係もありましたけど、そういうのもなくなってしまいます。たぶん同じような感じで事務所にSOSを出してた女優もいたはずで、即金性はなくなりますね。
このように考えると、確かに出演強要などの潜在的被害者を救済する効果はあると思いますが、副作用も相当あるのでしょう。
AV業界は18禁の産業ということで、社会的には煙たがられる面はあるでしょうが、性の最前線にいるという意味で情報発信など果たす役割もあるはずです。今は「AV新法」の効果に期待しつつも、現法の改善も含め、ちゃんと頑張っている人たちへの被害、マイナス面にもきちんと対処して欲しいと思います。
また、業界側の対応も進んではきています。たとえば男優側では、9月1日に日本適正男優連盟(JPAL)が結成され、ひとつのまとまりとして新法の動きに対応していく体勢もできつつあります。