父の借金の保証人で1億円もの負債
2度目のブレイクも長くは続かなかった。アイドルとして売り出すも伸び悩み、子役出身ならではの“手垢(てあか)のついた感”が敬遠され女優業も低迷。もともと正義感がとびきり強く、現場で吐く正論が“使いづらい” “生意気”と言われ、悪評として定着した。一方プライベートでは父の借金の保証人になり、20代で1億円もの負債を背負っている。
「途方に暮れました。いくら仕事をしても借金の返済に取られてしまう。世捨て人じゃないけれど、あのころは仕事に対する真剣味が足りなくて、どうにでもなれという心境でした」
しかし彼女の才能を信じ、手を差し伸べようとする人もいた。
業界でその名を知られた敏腕マネージャーで、「この子を使ってあげてください」と各所に頭を下げ、ドラマ'87年『三匹が斬る!』(テレビ朝日系)に出演が決定。8年ぶりのレギュラーだった。
「マネージャーさんが必死になって勝ち取ってくれた。15人くらい候補がいたけれど、みんなに断られた役でした。マネージャーさんはその直後に亡くなってしまって、あの方のために頑張らなければという思いでいっぱいでした」
35歳でバラエティーに進出し、3度目のブレイクを果たす。きっかけは『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)の出演で、歯に衣(きぬ)着せぬトークが受け、その場で準レギュラーの座をつかんだ。
「今ではコンプライアンス的に問題になるような発言もいろいろしていましたね(笑)。どんなお仕事でも頑張らなければと思って」
役者の自分がどうすればバラエティーで存在感を発揮できるのか。ヒントになったのが、かつての事務所の大先輩・森光子さんのエピソードだったという。
「森さんが初めてワイドショーの司会をしたとき、すべての新聞を読んで時事ネタを勉強したりと、いろいろ努力されていたというのを聞いていて。
私もまずネタ探しからと思い、バラエティーに出演するときは事前に何冊も雑誌に目を通すようにしてました。
あのころは常にネタ探しに追われていて、ブレイクしたという実感もないまま毎日慌ただしく過ぎていきました」
バラエティー番組のオファーは急増し、“毒舌キャラ”で人気を集めた。ときには自身のプライベートを露悪的に語り、ワイドショーを騒がせもした。そんな彼女を「ちょっと痛々しく見ていた」というのが鶴見さん。
「バラエティー番組で視聴者を楽しませていたのは彼女の戦略だったと思う。けどそれは本来のかおるさんの姿ではなかった。もともと不純物のない透き通った正統派の演技をする人。演技というのはその人の性格が出るもの。
本来のかおるさんは優しく柔らかい女性で、長年付き合っているからそれがよくわかる。今はオーガニックに力を入れた活動をしているけれど、ようやく肩の力が抜け、本来の彼女に到達したように感じます」