あの顔で眉一つ動かさずに
昔、彼女が若い俳優さんと映画館へデートに出かけたことがあった。それだけだったら何てことないんだけど、そのとき今日子ちゃんは臨月だった。
さすがにどうかと私が指摘すると、「臨月で映画を見て何が悪いの?」。あの顔で眉一つ動かさずに言われると、ホントに何も言い返せないのよね(笑)。恋愛の名手だった。ひとり娘のお嬢さん、よくぞ立派に育たれた。
不思議で面白い人だった。
あるときの句会でのこと。どういうわけか、一晩しか咲かない月下美人の鉢を抱えてきて、みんなが見つめる中、自分の前に鉢を置いて、「今日、これから咲く予定なの」と言う。
句会が始まり、和田誠さん、山下雄三さんをはじめとしたメンバーが一生懸命俳句を考える……けど、今日子ちゃんと月下美人が気になってそれどころじゃない。
ところが、花はまったく咲く気配をみせない。延々と咲かない月下美人を見つめる句会のメンバー。その様子そのものが、何かの物語のようだった。
結局、うんともすんとも言わない月下美人を抱えて今日子ちゃんは帰った。その後、真夜中に電話がかかってきて「いま咲いたわ。私のためだけに」だって。もうホントかウソかわからない。
今日子ちゃんの俳号は、“眠女(みんじょ)”だった。
昭和初期の俳人、三橋鷹女が詠んだ《みんな夢雪割草が咲いたのね》という句がある。今日子ちゃんを思うと、私はこの句を思い出す。
むかし、今日子ちゃんが「私は女優に向いてないのよ」とポツリとこぼしたことがあった。気がついたら私は、「あなたから女優を取ったら何ができるのよ」と言葉を返していた。
反対に今日子ちゃんは、「眞奈美はお化粧しないほうがいいわ。私は眞奈美が素顔になると負けたって思うけど、お化粧をしたらこっちのもんだわ」としれっと言う。
お互いに褒めているんだか、けなしているんだかわからない。だけど、そういう言葉を交わせるから親友だったのだと思う。
(構成/我妻弘崇)