本番の舞台は異常な緊張と興奮状態
まだまだ気になることはある。そのひとつが、「なぜ合格した人だけが名前を言うことができるのか?」である。そのことを質(ただ)すと、「ご褒美です」と中村プロデューサーは笑顔で答える。
「中島みゆきさんの『地上の星』ではないですが、アノニマスだからこその輝きがあると思っています。そうした参加者をテレビで見るからこそ、視聴者の皆さんも気持ちがシンクロしやすくなる。
ですが、鐘が3つの方に関しては、例外としてお名前をお伝えいただくようにしています」
また、合格を意味する鐘3つの前の「ドシラソドシラソ(の後にドーミーレーが鳴り、この部分が鐘3つに該当)」の部分はあくまで装飾音だといい、これにも理由があるという。
「もともと『のど自慢』はラジオ番組です。現在も、ラジオで聴かれている方が多いため、聴き取りやすいように、合格のときだけは派手な演出になりました。
番組で皆さんに年齢を言っていただくことも、聴かれている方が“どんな人が歌っているのかな”と想像できるように──という意味があってのことなんです」
予選会では、出場動機などをあらためて聞くと前述したが、この場には司会を務めるアナウンサーも同席するという。
『のど自慢』の本番は、1人当たり1分程度の歌パートと、歌唱後のトークパート、合わせて最大約2分の中で、参加者の個性や思いを可能な限り伝えきる。
ラジオを聴いている人であっても、それが伝わるように。「NHKマンにとって学ぶことがたくさんある番組」とは伊達(だて)ではない。
「『のど自慢』の実施は、年間46本程度です。北海道は広大なので、年に2回ほど開催しますが、基本は各都道府県で年に1度の開催になります。たくさんの自治体があるわけですから、同じ市町村で開催するのは、10年後くらいになってしまいます」
現在、『のど自慢』出場への応募の間口は狭くはない。だが、自分が生まれ育った場所で開催されるとなれば、ハレを通り越して“まれ”となる。中村プロデューサーが「本番は異常な緊張と興奮状態です。熱狂の45分」と評するのは、こうした理由もあるからだ。
「予選会ではとても上手だった方が、本番では失速してしまったり、その逆で本番で神がかったりする方もいます。いろいろな思いを持った方がのど自慢に出場し、その模様を視聴者の皆さんが見る。のど自慢って、平和でなければ成立しないコンテンツなんですね」
もしも物騒な世の中になってしまったら……生放送の公開収録はおろか、あの牧歌的な空間も失われてしまう。
「『のど自慢』は、よほどの事情がない限り、開催し続けています。それは、平和な日曜日が続いているからでもあります。今後も途絶えることなく、続いていることに安心できる──そういう番組であり続けたいですね」
アマチュアが歌い、チューブラーベルが鳴り響く。『NHKのど自慢』から聴こえるキンコンカンの音色は、平穏な日曜日を告げる調べなのだ。
【出場後にプロになった主な有名人】
美空ひばりさん 1946年に9歳で出場。鐘1つ
若原一郎さん 1948年に出場し合格
坂上二郎さん 1953年に出場し合格
北島三郎 高校時代に出場し鐘2つ
田中星児 1968年に出場し合格
石澤智幸(テツandトモ) 1996年に出場し合格
荒牧陽子 1997年に出場し合格
長谷川俊輔(クマムシ) 2002年に友人と出場し鐘2つ
ジェロ 2003年に出場し合格
三山ひろし 2004年に出場し合格
徳永ゆうき 2011年に出場し合格
〈取材・文/我妻弘崇〉