デビューは『ザ・テレビ演芸』がきっかけだが、27歳のときに映画『ロケーション』で森崎監督と初めて仕事をした。
映画製作は「夢のような時間」
「お笑いでデビューしたので、面白いことをやれば喜んでくれると思ってたし、それを求められることが多かった。だから森崎監督もそうだろうと思い、ギャグをかますとカット!の声がかかった。“余計な芝居をするな! おまえのままでやれ!”と。その時、この監督は僕を信じてくれている……と思ったんです。一生忘れられないです。人を信じることは簡単にはできない、監督の仕事は、役者を信頼することだと思いました」
多摩美術大学在学中は8ミリ映画作りに熱中した。芸能界で念願が叶ったのは34歳のときで主演作『無能の人』(1991年)で監督デビューを果たし、ヴェネツィア国際映画祭国際批評家連盟賞、ブルーリボン賞主演男優賞をそれぞれ受賞した。以降『119』( '94年)、『東京日和』( '97年)、『連弾』(2001年)、『サヨナラCOLOR』( '05年)、『山形スクリーム』( '09年)、『Rー18文学賞vol.1自縄自縛の私』( '13年)、『ゾッキ』( '21年)、『∞ゾッキ・平田さん』( '22年)を監督し、節目の10本を迎えた。
「僕が監督をやっているなんて知っている人はかなり少ないと思います。節目とか考えたことはないです。SNSで過去の作品評をつい見てしまったときは、何でこんなにヒドイことを……と立ち直れないくらい落ち込みました。
自信を持ったことはないですが“竹中組をやりたい”と集まってくれるスタッフがいてくれた。そうでなければ撮り切ることはできなかった。作っている間は夢を見ているような時間です。これからも映画を作り続けていけたらと思っています。
今回の作品は、原作者の浅野さんに向けたラブレターです。ラブレターという言葉に触発された人たちが見たいと思ってくれたらうれしいな。そして参加してくれた役者たちをぜひ見てほしいです」
監督に徹した渾身の一作だ。
●運動会で逆走したワケ
人気俳優として映画、ドラマ、舞台、CMに大活躍だが、その心根には石川啄木の短歌“友がみなわれよりえらく見ゆる日よ”の一説が重なるという。
「早生まれのせいか、子どものころから取り残されている感が強かったです。小学校の通知表には協調性がないと書かれていました。体育は1でしたが、走るのは速かった。でも運動会の徒競走では先頭でゴールを切るのが恥ずかしくなって逆走しました。父は今、95歳で“直人は逆走したんだよな”といまだにその話をします……」
●息抜きは映画とお酒
子どものころから映画好き。かつて7000枚のレーザーディスク映画を所有し、雑誌で年間のベストランキングを発表するなど映画通だ。
「映画館で作品を見るのが至福の時間です。ほかには47歳から飲めるようになったお酒が息抜きです」
映画『零落』
3月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
(C)2023浅野いにお・小学館/『零落』製作委員会
撮影/佐藤靖彦 ヘアメイク/和田しづか スタイリスト/伊島れいか