キャシーさんがこよなく愛するライフワークといえばパッチワークだ。今年は活動50周年を迎える。
針を持つと胸騒ぎがスッと消える
「悲しいことも、つらいこともいっぱいある。ただ、気持ちが沈みそうなときに、私にはキルトがあったの。娘が亡くなったときは3か月間、針が持てなかった。けれど、こんな私を娘が望んでいるだろうか……と自問して、娘の大好きなオレンジ色の布を手にとってキルトを縫い始めました。悲しみは消えないけれど、縫いながら娘と心の中で話をしているうちに、前に向かわなくてはという気持ちになれました」
がん再発のときは、なんで二度もと憤ったりした。
「深夜にひとり静かに縫っていると、世界中のどこかで私と同じように“なんでだぁ!”と思いながら縫っている人がいるかもしれないって。そんなふうに思うと、心のざわめきが落ち着きます」
キャシーさんの口癖は“まぁ、いいか”。こうなってしまったら仕方がない。次に向かおう!という前向きな気持ちが込められている。
「5年後に、また皮膚がんになっているような気がします。でも、それも仕方ないわね。まぁいいか、くよくよしても仕方ないわ!ってね」
そして最後はキュートに、こう締めくくった。
「皮膚がんは日焼けが大きなリスクになるので気をつけてほしいわ。“太陽にほえる”のはいいけど、浴びすぎちゃあダメよ(笑)」
キャシー中島さん ハワイ・マウイ島生まれ。17歳でモデルとして芸能界デビューし、その後テレビタレントとして活躍。俳優の勝野洋と結婚後は3人の子どもを育てながら、パッチワークスクールを主宰。日本におけるハワイアンキルトの第一人者である。今年はキルト生活50周年を迎え、多くの記念イベントが開催されている。