パスポート取得のため韓国へ帰化することに

「金浦国際空港からバスに乗り込み、まず観光地を巡りました。ツアーは3泊4日で、参加者はバス1台分くらいいたでしょうか。みんな韓国への帰化が主な目的。あのときはまだソウルオリンピックの開催前で、インフラが整う前のこと。

 準備がすごく遅れているな、というのが母国の第一印象だった。高速道路は完成されておらず、主要道路も真ん中だけがコンクリートで、両端は盛り土のままになっていました。建設中のオリンピック競技場、国会議事堂をバスで巡り、ソウルに1晩泊まって、さらに慶州へと南下していきました。

『板門店には行けないのか?』と誰かが聞いていたけれど、

『今は情勢がよくないので行けません』との返事だった。みんなと行動を共にしたのはそこまでで、釜山で解散となり、それぞれ戸籍謄本を取りに向かっています」

 シンシアのルーツは朝鮮半島の南西部・晋州にあり、祖父母の代で日本に渡ってきた。パスポートを取得するには、まず本籍地のある晋州へ行き、戸籍謄本を手に入れる必要がある。

「釜山駅の真ん前に、六角形の観光案内所がぽつんとありました。そこで、『晋州に行きたいんだけど』と伝えたら、『ここからバスで1時間半くらいかかる』と言う。雪の降る寒い日で、すでに夕刻近くになっていた。

 案内所のおばさんが、『あんたひとりで今から晋州に行くのは無理だから、かわりにお巡りさんに戸籍謄本を取ってきてもらってあげる』

 と親切に世話してくれました。結局その夜はひとりで近くのホテルに泊まり、翌日出直すことになりました」(次回に続く)

<取材・文/小野寺悦子>