ほかの人との妊娠を受け入れてくれたトニー

20歳くらいにフィルと付き合っていたころのシンシア。横須賀にあったバーガーショップ『アンディーズバーガー』で働いていた
20歳くらいにフィルと付き合っていたころのシンシア。横須賀にあったバーガーショップ『アンディーズバーガー』で働いていた
【写真】横須賀のバーガーショップで働いていた20歳の頃のシンシア

 ようやくトニーの連絡先を手に入れた。「アメリカで一緒になろう」と約束し、離れ離れになってからすでに2年の月日が過ぎていた。

「『ハロー』と彼の声を耳にした瞬間、もう立っていられなかった。私は彼の低い声が大好きだった。全身が震えて、腰が砕けて、受話器を握ったままその場に崩れ落ちました。

『あのとき手紙を出したのに、何で返事をくれなかったの?』と聞くと、『僕もつらかったけれど、君もそれ以上につらいはず。だからもう終わりにしたほうがいいと思った』と言います。男らしくてまっすぐで、トニーらしいなと思いました。

 フィルのこと、妊娠のこと、すべて彼に打ち明けました。

『これで本当にあなたと最後になるかもしれないと思ったら、もういてもたってもいられなくなってしまった』と胸の内を伝えました。

 涙があふれて止まりませんでした。翌日またトニーに電話をかけました。すると、彼も一晩じっくり考えたようです。『妊娠したままアメリカに来い』とトニーに言われました」

 フィルはまだ海の上で、日本に帰ればシンシアが待っていると信じている。結婚の申請は海軍に提出済みで、あとは正式に認可が下りるのを待つだけだった。

「トニーと毎晩電話で話したけれど、私は決断できずにいた。友人のキキがアメリカから帰ってきたのはちょうどそのころでした。キキの恋人も黒人で、彼と一緒に故郷のアラバマへ行ったけど、黒人コミュニティーに東洋人は受け入れられず、地獄のような日々を味わったと話します。

 私がトニーの元に行けば、同じような生活が待っているかもしれない。『どうしたらいいかわからない』と泣く私を見かね、キキが封筒をぽんと渡してくれました。そこには100万円もの大金が入っていました。キキがホステスをしながら稼いだお金です。

これで向こうに行ってきな。ダメでもいいからとにかくトニーと会って決めてきな。そうしないときっと後悔するから』とキキは言います」(次回に続く)

<取材・文/小野寺悦子>