「バカ」になれる強み
それはバラエティー番組などで、この時期についたイメージをうまく払拭したからだろう。キティちゃん好きをアピールしたり、レイザーラモンRGのモノマネに乗っかったり。後者は何かと話題になるユニークな髪形までいじるような攻めたモノマネだが、
「オレの歌をよく覚えた、大したもんだ」
と、シャレのわかるところを示した。
これにはおそらく、若いころの成功体験が関係している。
2年目以降しばらく、大ヒットに恵まれなかったが、塩入り歯磨き粉のCMで「ハァ~しょっぱい」とコブシを回し、笑いをとった。さらに『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系)にレギュラー出演してコントをやり、これが『北酒場』の大ヒットにつながる。この『北酒場』で日本レコード大賞を史上初の連覇。その次の年には『浪花節だよ人生は』もヒットして、不動の地位を確立した。
芸能界で大切なのは、フットワークの軽さと切り替えの早さ、彼はそんなことを悟ったのではないか。
興味深いのは、デビュー曲自体、そういう作品だったことだ。『心のこり』というタイトルが示すように、男に棄てられた女の未練心がテーマだが、細川が歌うとなぜか明るく、もうすっかり吹っ切って次の幸せに旅立とうとしているようにも聞こえる。不祥事が続いたときも「私バカよね」と自嘲しながら、あっさりと次の展開を目指したのではと、想像してしまうのである。
'21年には3人の弟子たちと『細川一門』を結成。『夢グループ』の石田重廣社長や保科有里とも組んで、コンサートを開いている。
彼がちょくちょく見せてきた面白戦略は、イメチェンというより、原点回帰のようなものだろう。いざというとき「バカ」になれる強み、それをデビュー曲によって啓示されたかのような細川は実に幸運で「おめでたい」人なのだ。
結婚公表後にぶち上げた「100歳まで歌います!」という宣言も夢ではなさそうである。
ほうせん・かおる アイドル、二次元、流行歌、ダイエットなど、さまざまなジャンルをテーマに執筆。著書に『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)。