目次
Page 1
ー 大人の女優へと見事に脱皮した小芝風花 ー 安田顕が演じた平賀源内
Page 2
ー 横浜流星の安定した芝居

 大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の序盤を盛り上げた小芝風花が4月6日、安田顕が4月20日の放送でそれぞれ退場となった。ネットには惜しむ声が相次ぎ、ロスに陥っている人も多い。そこまで視聴者を魅了したものは何だったのか?

大人の女優へと見事に脱皮した小芝風花

小芝風花
小芝風花

 まず、小芝風花が演じたのは、吉原の花魁・瀬川。幼馴染の蔦屋重三郎(横浜流星)にきっぷの良い啖呵を切る一方で、花魁道中では妖艶な笑みで男たちを魅了。これまでの元気で真っすぐなイメージを覆しただけでなく、同じ時代劇でも、1年前の『大奥』から数段飛躍し、大人の女優へと見事に脱皮してみせた。

 中でも良かったのが、蔦重との恋模様だ。瀬川に鳥山検校(市原隼人)からの身請け話が持ち上がってやっと、蔦重は瀬川への想いを認識。内緒で逢引きをしたり、足抜けを画策したりするが、女郎と吉原で働く男の恋の困難さに気づき、瀬川は鳥山に身請けされる。

 瀬川の本心に気づき嫉妬する鳥山だが、幕府から高利貸しの罪を問われるに至り、瀬川を離縁、つまり解放してやる。こうして蔦重と瀬川は晴れて結ばれる。ところが幸せな時期は一瞬で、鳥山の妻だった自分に対する世間の風当たりが強いことを察した瀬川は、蔦重に迷惑をかけぬよう、再び身を引き、吉原を去っていくのだ。

 このふたりの恋に、視聴者はどれだけヤキモキさせられたことか。一度は人妻となった瀬川が、鳥山の江戸追放で戻って来る。そこまでウルトラC的な奇跡で結ばれたのに、再び身を引くなんて、「瀬川の幸せを願って離縁した鳥山の立場は?」と市原隼人の身になって身悶えした視聴者も多いだろう。

 この辺は森下佳子の脚本の巧みさだが、鈍感な蔦重とようやく思いが通じた時の表情や、人知れず吉原を去ると決めた時の涙、そして姿を消した後、蔦重の夢に現れた夫婦としての幻影……、たくさんの印象深いシーンを小芝は残してくれた。

安田顕が演じた平賀源内

 一方、安田顕が演じたのは、江戸の才人・平賀源内。静電気を発生させる「エレキテル」を製造したり、土用丑の日のウナギを流行らせたとされるなど、数多くの功績を持つスター文化人だ。だが最後は、殺傷事件を起こして投獄され、獄中死した史実があり、これまでそのふたつのイメージが筆者の中ではうまく結びつかずにいた。

 だが安田の源内は、ただ才人なだけでなく、鉱山開発などの事業に手を出して金を集めては失敗したり、効果が疑わしいエレキテルで金儲けをしたりと、危なっかしい人物であったことも表現。それでもアイデアやセンスは抜群で、飄々とした愛すべき人物で、蔦重にとっては「耕書堂」という店名を付けてくれた同志のような存在でもあった。しかし最後は、エレキテルは効果が無いと評判が落ち、後ろ盾であった田沼意次(渡辺謙)とも激しく仲違いし、失意の中、人殺しの罪を着せられ、獄中で非業の最期を遂げる。

南千住にある平賀源内の墓所
南千住にある平賀源内の墓所

 安田の演技は、スター文化人が獄中死するまでの間を埋めるに十分で、実際の平賀源内も、才気あふれるがゆえに自分を過信し、自ら転落してしまったのかなと思わせてくれた。筆者は歴史散歩好きなので、南千住にある平賀源内の墓にも数度参ったことがある。もともと墓は総泉寺という寺にあったが、1928(昭和3)年に寺は板橋区に移転し、源内の墓だけがこの地に残った。

 杉田玄白ら友人が建てた墓で、きちんと塀で囲われ整備もされているが、どの駅からも遠く、ポツンとして少し寂しい印象があった。その寂しさの理由が、安田の演技で理解できたような気もし、『べらぼう』を観てお参りに行く人が増えているといいなと思う。ちなみに安田は小芝主演の『大奥』では偶然にも田沼を演じており、炎の中で切腹するクライマックスに賞賛の声が集まったが、また一つ彼の代表作が生まれたといえるだろう。