この写真をご覧いただきたい。今年4月28日(現地時間)、日米首脳会談のため首都ワシントンのホワイトハウスを訪問した安倍首相が、オバマ大統領とうれしそうにガッチリ握手している。同日夜には、昭恵夫人同伴の公式晩さん会でおいしい料理に舌つづみを打った。

 首相の出身地・山口の地酒で乾杯したという。前夜の美酒が残っていたわけではないだろうが、問題発言が飛び出したのは翌29日のことだった。米上下両院会議で、英語でスピーチした安倍首相は、とんでもないことを勝手に約束した。

「日本は、世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たしていく。そう決意しています。そのために必要な法案の成立を、この夏までに、必ず実現します」

 大多数の国民が理解しないまま、安倍首相が安保法案の強行採決に踏み切った背景には、この約束がある。自ら「この夏」と期限を切り、逆算して法案成立するギリギリのタイミングで衆院通過させたのである。日本国民の説得を後回しにして、フライングもいいところ。なぜ、そんな約束をしたのか。

 政治評論家の浅川博忠氏は、「祖父・岸信介元首相の影響が大きい」と話す。

「’60年安保改定を強行採決で押し切った岸元首相は、それが精いっぱいで憲法を改正できなかった。独立国家として軍事を米国任せにするのはよくないと話し、改憲できなかったことを残念がり、そんな祖父の話をさんざん聞かされて安倍少年は育った。安保改定当時、6歳の小学生でした。しかし、東京・渋谷区の岸元首相宅にデモ隊が押しかけるのを間近で見ています。安保関連法案成立を足掛かりにして、祖父の果たせなかった憲法改正を実現したいんです」(浅川氏)

 個人的な野望のため、戦後70年続いた平和を脅かされてはたまらない。憲法9条で「戦争放棄」をうたっているからこそ、戦後日本は1度も戦争に巻き込まれずにすんだ。

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 一方で、世界2位の経済大国になった中国や、インドの急成長もあり、アジアにおける米国の存在感は薄まってきた。中国は尖閣諸島の領有権を主張し、領海侵犯を繰り返している。北朝鮮はミサイルの射程に日本を捉えている。"日本も少しは力を貸せ"というのが米国の本音。

 安倍首相のスピーチに米議会は拍手喝采だった。

「米国は"世界の警察"を自負してきたが、軍事力は弱まっている。安倍首相は米軍を『補完』することを約束した以上、法案を必ず成立させます」(前出の浅川氏)

 強行採決に踏み切った結果、内閣支持率は30パーセント台に急落した。安倍首相は慌ててテレビ、ラジオに出演し、安保法案と日米関係強化の必要性を力説している。祖父のリベンジで燃えているにしても、そこまで米国に気を遣わなければならないのか。

 米国との約束を守ろうとする背景には、民主党政権のあとを受けた第2次安倍政権発足時のトラウマがあるという。

「’12年12月末に再登板した安倍首相は、真っ先にホワイトハウスに首脳会談を申し入れた。しかし、なかなか返事をもらえなかった。予定より1か月遅れでようやく実現した会談では、オバマ大統領はソッポを向いて話すなど冷ややかな対応でした。自民党政権下で米国と国際公約した普天間飛行場の辺野古移設について、民主・鳩山元首相が"最低でも県外"とひっくり返し、日米関係に亀裂が生じたのが尾を引いていたのです」

 と浅川氏。

 安倍首相は越えてはならない一線をまたいだ。「解釈改憲」という禁じ手だ。立憲主義を崩壊させるという。名古屋学院大学の飯島滋明准教授(憲法学・平和学)は次のように説明する。

「権力者が好き勝手な政治をすれば、市民の生命や生活が脅かされます。そこで、最高法規である憲法で個人の権利や自由を守り、権力者は憲法に従って政治をしなければならないという考え方が立憲主義。ところが、安保関連法案は、戦争や武力の行使を禁じている憲法前文や9条に違反しています。憲法に違反することが明白な法案を成立させて、憲法の平和主義の意義を失わせることは、ヒトラー率いるナチスが最も民主的といわれたワイマール憲法を全権委任法でとどめを刺したのと同じような政治手法であり、立憲主義に反します」

 これでは立派な憲法があっても意味がない。安倍政権の手法は国民主権、民主主義にも反するという。国民の意思を問うこともせず、法案に反対する民意をくみとろうとしないからだ。

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 前出の飯島准教授は、

「日本が攻撃されてもいないのに、時の政府が日本にも危険がおよぶ可能性があるとか、国際平和のために必要だとの口実をつければ、世界中で自衛隊が戦争する可能性が出ます」

 と法案の危険性を指摘。この理屈がひとたび通ると、なんでもアリ……の恐怖が待ち構えている。

「例えば、のちの内閣が、今回の安倍政権の手法をまねて、徴兵制は憲法違反ではないとして徴兵制の法律を制定する可能性も否定できません」

 と飯島准教授。

自衛隊は専守防衛海外派兵必要なし

 そもそも、法案の根拠である「日本を取り巻く安全保障環境は一層厳しさを増している」というのは本当か。

 軍事ジャーナリストの前田哲男氏は「集団的自衛権を行使しなければ守れないということはない。領土防衛は個別的自衛権で対処できる」として次のように話す。

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「北朝鮮や中国の脅威はいまに始まったことではない。それ以前はソ連というもっと大きな脅威があった。しかし、当時の自民党政権下、集団的自衛権の話が出たことはない」(前田氏)

 法案が成立すると、自衛隊の任務はどこまで広がるのか。他国軍の戦闘を後方支援することになり、イラク復興支援に自衛隊を派遣したときなどよりも危険度ははるかに増すという。

「後方支援だからといって戦闘現場からはずれることにはならない。食料、砲弾、銃弾を補給する兵站を受け持つんです。正面切ってドンパチやらなくても、戦闘力を維持させる必要がある。そもそも米国の軍事マニュアルの基本『エア・ラウンド・バトル』は空軍力で兵站を叩くのがひとつのエッセンス。前線で戦いながら同時に後方支援部隊を叩く。自衛隊員が戦死してもおかしくありません」

 と前出の前田氏。昨年は、陸・海・空の3自衛隊ができてちょうど60年。これまで国民が自衛隊に期待してきた役割がガラリと変わるという。

「自衛隊は専守防衛に徹する『日本列島守備隊』という位置づけでやってきた。海外派兵は行わないのが信条。中曽根元首相が防衛庁長官だった’70 年に初めてつくった防衛白書で、政府は『わが国の防衛は専守防衛を本旨とする』と明記している。3年に1度実施する世論調査では、国民の約7~8割が自衛隊の専守防衛を受け入れると回答している。つまり、海外派兵は望んでいない」(前田氏)