普通に子育てしたいお母さんたちの戦い
「子育てに追われていると忙しくて手が回らない。そんなお母さんたちにとって、情報を知る唯一の媒体がテレビだったりするのに、安保法制の強行採決が国会中継されなかったら、自分たちの危機になかなか気づけませんよね」
そう話すのは名護市在住の渡利馨子さん(39)。育児や介護で時間がとれずデモや集会に参加できなかったり、沖縄ゆえの濃密な人間関係ゆえのしがらみで、身動きしづらかったりする。ただ昨年7月、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されたときから、募る不安が確かにあった。
なんかおかしいよね。これから日本はどうなっちゃうんだろう……。渡利さんは親しいお母さんたちと話し合った。喧々諤々。周りのお母さんにも声をかけてみた。ほかの人の話も聞きたい。そして“普通の母ちゃん”5人で『「名護で話そう、政治や憲法のこと。」の会』を立ち上げた。
2週間でイベントの場所を決め、ツイッターで告知。初回テーマは「平和憲法改正の不安、わが子は戦争に行くのか」。おじい、おばあから子連れの夫婦まで、託児所つきの会場には約20人が集まった。
「日本は本当に戦争をするの?」「安保法案を廃止にできる?」。顔を合わせるのも初めてという人たちが次々に疑問の声をあげる。こうして会場から出た声をもとに、弁護士のレクチャーを交えて議論していく。
「不安を言い出しにくい雰囲気というか、わからないと言いにくくなっている風潮があるのかなあ、と。誰かと話したいけれど言えなかったりする空気に、まずは風穴を開けたいんです」
と、同会メンバーの金井宏美(38)さん。威勢のいい主張、大きな声の持ち主が“正義”となってしまわないよう気を配った。
レクチャーを熱心に聞いていた参加者の1人、名護市の具志堅勝子さん(76)に話を聞くと、「自分たちは年だから、政治家たちにはかなわないさ、本当は」と言いながらも、憤りを隠さずにこう続けた。
「主人の母は子どもを3歳で亡くしている。戦争がなければ3歳でなんて死なないですよ。戦争ができる世の中にしちゃいけない、基地もいらないと死ぬまで言っていました。なのに首相は平気で基地を作って、弱い者を苦しめ続けている」
また別の参加者も、
「沖縄で、戦争で身内を亡くしていない人はほとんどいない。慰霊の日の追悼式で、安倍さんは参列者から帰れと言われていたけれど、あれはみんなの本心です」
沖縄では今も戦争が身近にある。70年前の地上戦で4人に1人の県民が亡くなり、戦争につながる基地も残存し続けているからだ。その隣で沖縄の人々は日々生活し、子育てをしている。
再び渡利さんが言う。
「ただ普通に子育てしたいだけなんです。でも、それがすごく難しい。お母さんたちの当たり前の願いがかなわない。それでも沖縄だから、絶対に乗り越えられると思っています。沖縄に日本の縮図があるから、ここでもし解決できたら、広がるんじゃないかって」
誰も排除しない。力で強引に押し切ろうとしない――。安倍政治とは真逆の民主主義が、女性の活躍が、沖縄には根づいていた。
《取材・文/樫田秀樹、渋井哲也、「沖縄問題」取材班》