自民党若手勉強会での、沖縄の地元メディアへの暴言をはじめ、普天間基地の成り立ちについて間違った情報を流した“百田発言”が物議を呼んだ。しかし、沖縄や基地問題をめぐっては、デマや神話がネットを中心に広く出回っているよう。いったい何が正しくて、どれが間違っているのか。基地と沖縄の問題に詳しい識者に聞いてみた。
【Q】基地の地主の年収は何千万円?
「トータルで4万3000人の軍用地主がいますが、1人あたり200万円ぐらいが平均ですね。なかには億単位のお金をもらっている人もいますが、平均するとそれぐらいになります」
そう話すのは、沖縄国際大学の前泊博盛教授(経済安全保障)。
その内訳はこうだ。
「沖縄県が公表している統計によれば、沖縄の県民所得は現在、4兆円ぐらい。本土復帰直後に5000億円ぐらいだったのが42年間でそこまで増えました。一方、基地関連収入はというと、復帰直後は777億円。現在はだいたい2100億円。そのうち軍用地料は811億円。これを軍用地主の数で割ります。軍用地主は遺産相続の影響で年々増えており、今は4万3000人がいる。これで8000を割るわけですから、およそ200万円ぐらいという計算です」
もし4万3000人いる軍用地主がみんな年収何千万円だったら、ざっと見積もって1兆円ぐらいの金額が必要に。しかもこれは全部、税金……。
「日本はそんなに払えるのかという話です。年収何千万円という人は、これは算数ができない人ということになりますね」
【Q】基地ができてから移り住んできた?
「まったく違います。戦争のあと、全員が捕虜収容所に入っている間に勝手に基地が作られてしまった。あるいは、追い出されて基地が作られていった。住む場所がないから、仕方なく基地の周りに住み始めたのです。嘉手納町なんて85%が米軍基地にとられている。どうやって生きていけばいいかって、残り15%にしがみついて暮らしていくしかないでしょう」
と前泊教授。かつて生活の拠点があった風光明媚な町や村は、どんどん基地にかえられていった。
「戦後、とにかくたくさんの基地があちこちに作られました。基地の中には、まだお墓も残っています。いまでも彼岸のときには元いた住民が基地の中に入れてもらって、お墓参りをしていますよ。ちょっと調べればわかることです」
【Q】基地があるから抑止力になる?
民主党政権時、普天間基地の移設を「最低でも県外」と主張していた鳩山由紀夫元首相は「抑止力が必要とわかった」と突然、約束を反故にした。のちに沖縄タイムスなどのインタビューで「あれは方便だった」と認めてひんしゅくを買ったが、やはり安倍政権も「抑止力」を辺野古移設の理由に挙げている。
基地があれば抑止力は高まるのか? 防衛政策に詳しい東京新聞論説兼編集委員の半田滋さんによると、
「抑止力というのは立証不可能なんです。日本政府の定義では“もし手を出せば手ひどいしっぺ返しを受けるから、やめておこうと、相手に攻撃を思いとどまらせるための機能”と言っています。沖縄に米軍基地があるから日本を攻撃しなかったのですかと聞いて、相手がそうだと言ってくれないと、実は抑止力になったとは言えないのです」
’12年に尖閣諸島を日本が国有化して以来、中国は公船などを定期的に尖閣周辺の日本の領海に侵入させている。沖縄にいる米軍など、ものともしていない。一昨年、尖閣上空に防空識別圏を作ったときも同様だ。
「キャンプ・ハンセンの12砲兵連隊は『沖縄特別行動委員会』の日米合意(SACO)に基づいて、砲兵部隊の訓練を日本の自衛隊の演習場5か所で持ち回りでやることになった。年間4回、本土に来ているわけです。その4回の演習は1回につき約2~3か月ぐらいかかる。4回やることによって、年間ほぼ9~10か月は沖縄にいません」。
残る31MEUという部隊も強襲揚陸艦に乗って、グアムやハワイ、オーストラリア、韓国、そして沖縄というふうに移動を続けている。
「彼らも実質的に9~10カ月は沖縄にいません。いない部隊が、なぜ抑止力となるのか?」
そもそも沖縄にいる海兵隊員が現在、その家族も含めて総勢で何人いるのか、実は誰も知らないと前出の前泊教授。
「米政府は、沖縄にいる米海兵隊のグアムへの移転費用の総額や対象となる人員規模を、実態より水増ししていたことをウィキリークスが暴露しました。費用全体を膨らませることで、日本の負担比率が下がったように見せかけたわけです」
しかも2012年4月に行われた米軍再編の見直しにより、彼らは全員、グアムに移転することが正式に決まっている。再び半田さんが言う。
「沖縄の海兵隊の実戦部隊といわれる人たちは、実態として沖縄にいない。あるいは将来、完全にいなくなる部隊さえ含まれていて、なぜこれを抑止力と言っているのか説明がつきません」
【Q】基地がなければ食べていけない?
下の表を見てほしい。米軍基地の返還による経済効果の一例だが、返還することにより金額のケタが1つ、2つ跳ね上がっているのがわかる。前泊教授が言う。
「つまり返還されたあとのほうがもうかるっていう話ですね。例えば普天間飛行場は、フェンスの内側の生産性は1ヘクタールあたり2400万円ぐらい。フェンスの外側の宜野湾市全体の経済波及効果はおよそ8400万円。4倍はあります」
観光や流通、国際物流が基地にとってかわり、沖縄経済を牽引している。確かに那覇の中心部、国際通りは東京に匹敵するほど外国人観光客が多い。中国、ハングル、英語とさまざまな言語が飛び交っている。
さらに前泊教授は6月、参議院の参院沖縄北方問題特別委員会へ参考人招致された際にも、次のように説明している。
「例えば、嘉手納基地が返還されたら1兆円の経済効果があります。日本経済へのインパクト、沖縄が日本のためになる経済効果を考えると、すさまじい経済効果が上がるのではないか」
基地の大規模返還は、団塊世代や富裕層をターゲットとする移住ビジネスのチャンスにもつながる。
「すでに基地経済は不経済」と言ってはばからない前泊教授だが、そもそも基地依存がどのようにして生まれたのか、それを考えるべきだと主張する。
「戦前の沖縄は農業県。もともとやっていた経済があったわけです。それが米軍統治時代、1ドル360円のときに1ドル120円の『B円』と呼ばれる米軍専用通貨を流通させ、極端な円高政策を行ったのです」
軍作業で基地を建設する仕事で働けば、3倍の通貨がもらえる。これをもって日本から輸入する。するとどうなるか。
「今の日本と同じですよ。国内生産するより外国で作ったほうが安いし、外国で作られたものを買ったほうが安くすむ。産業の空洞化が起こります。そうして基地労働、あるいは軍雇用という形でどんどん依存度を高めさせられていったのです。基地依存になるよう誘導する産業政策をとっておきながら、依存するなんて甘えだという。その構造は原発と一緒ですよ」
【Q】沖縄にだけ基地が集中する理由は?
「海兵隊が沖縄に移転してきたのは1956年から。それまで日本にいる海兵隊は岐阜県の各務原と山梨県の北富士にいました。戦前から居続けたわけじゃないんです。’50年代の半ばごろは本土で反基地闘争が盛んに行われた時代。砂川闘争が代表例ですが、燃え盛る基地闘争の火をなんとか消すために、海兵隊は全部撤退しようと。当時の沖縄はまだ米軍支配だったから、沖縄に持ってくる。本土の負担を小さくするために沖縄に持ってきたというのが沖縄海兵隊の起源なんです」
と前出の半田さん。さらに1995年、米兵による少女暴行事件をきっかけに普天間基地の移設が検討され始めたが、
「北海道の苫東の工業団地とか、佐賀空港なんて案が出たのもこのころ。そういう形でいろいろ探したんだけど、要するに、総論賛成・各論反対なんです。つまり米軍が日本にいることは抑止力として賛成だけど、自分の地元だけは困ると」
森本敏元防衛大臣が「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的に考えると沖縄が最適の地域だ」と述べたのと同じ趣旨だ。真剣に実現可能性を探ることはなかった。
「政治コストをかけたくない。要するに、沖縄に犠牲になってもらう以外に誰も引き受けてくれないということ。翁長県知事が言っていますよね。勝手に基地を押しつけておいて、古くなったから新しいところに移転する。それが嫌だったら代替案を提案しろという。これは政治の堕落だと。まったくそのとおりです」
【Q】安保法制の影響とリスクは?
安保法制と、その前に改定された日米ガイドラインによって、日米の連携が確実に強化されることは間違いないと半田さん。
「気がかりなのが、南シナ海の警戒活動まで自衛隊が米軍と共にやるべきだという声が出てきていること」
南シナ海で中国が岩礁の埋め立て作業を続けているのに対し、フィリピンやベトナムなどの周辺国をはじめ、アメリカも警戒を強めている。
「みんなアメリカを頼りにしているけれどちょっと腰が引けていて、そのアメリカは、日本に一緒にやろうと声をかけている。南シナ海まで自衛隊も行くということになると、日本は専守防衛の枠を超えた活動を始めたと、中国にはただちにわかります。日本へ、今までとは比べものにならない攻勢をかけてくるでしょう」
いちばん影響を受けるのは、中国と目と鼻の先にある沖縄だ。
「尖閣だけでなく沖縄にも中国の船や航空機が出てくる。本土にもやってくるでしょう。そうなれば観光どころじゃない。沖縄は観光立県を目指して力を入れているけれど、そもそも最大のお客さんが台湾で、第2位が中国。沖縄経済に甚大な影響が出てきます。
ただ、テロのリスクは、むしろ沖縄より本土のほうがはるかに高まるでしょう。テロは人口密集地を狙うなどして効果的にやらないと意味がない。となれば狙いは東京。新幹線の脱線、原発を破壊させるなどの可能性もあります」
また沖縄が“捨て石”になると言うのは前泊教授。
「アメリカが海外に基地を置いている最大の理由は、海外に基地がなければ本国が攻撃されるから。攻撃を引きつけてくれる基地が必要なのです。日本にとっては沖縄がまさにそれ。そこに軍を集めておけば、最初の攻撃はそこに仕掛けられます。東京からは始まりません。いきなり本国を狙って報復をされないよう、まず基地が集中しているところを叩いて、そこで雌雄を決してしまう。沖縄戦と同じように捨て石です」
《取材・文/樫田秀樹、渋井哲也、「沖縄問題」取材班》
※訂正:初出表記につきまして、本文中「キャンプ・ハンセンの12歩兵連隊」となっていましたが、正しくは「キャンプ・ハンセンの12砲兵連隊」でした。お詫びして訂正します。