世界的に評価されている一方、皆保険制度では、年間保険料は数十万円と高い。特に国民健康保険料を払えない人が急増中だ。
「“TPPで日本の国民皆保険が崩れる”との懸念は聞いてはいますが、すでに日本の医療崩壊は始まっています」
こう訴えるのは、神奈川県保険医協会の高橋太事務局次長だ。背景には、低収入の非正規労働者の増加と、国保の国庫補助負担割合が45%から39%に下がったことでの保険料の値上げがある。
保険料の未納が1年以上続くと、健康保険証のかわりに『被保険者資格証明書』や『短期被保険者証』が交付されるが、医療機関の窓口で医療費をいったん全額支払うため利用事例は少ない。
政府発表では、資格証明書の所有世帯は13年で約28万世帯。短期証は117万世帯。平均2人家族とすれば計約290万人が無保険状態だ。
全日本民主医療機関連合会(民医連)は'14年、加入事業所1800施設を調査し、経済的事由で治療が遅れ死亡した人が56人いたと公表。民医連が診るのは日本の患者数の1.6%。56人は氷山の一角だ。
「つまり、映画『シッコ』は日本の話でもあります。国民皆保険はいい制度ですが、高すぎる保険料に加え、医療機関の窓口で医療費3割を負担する二重払い制度です。ほかの先進国では、窓口負担は無料か少額がほとんど」
高橋さんが注目するのが、内閣府に設置されている『経済財政諮問会議』の動きだ。
主要大臣のほか、大企業の経営者など民間議員が国の政策を協議する会議だが過去、幾度も「公的医療給付を抑制する」と公表している。だが、「総医療費は抑制しない」。つまり、患者の自己負担を増やすということだ。
「実は今、金融庁の金融審議会で計画中なのが民間版『健康保険』です。現在の民間の医療保険は病気になったらお金をくれますね。民間版健康保険はそうではなく、民間版健康保険証をもち、病気になったら、その保険会社と契約した病院で医療サービスを受けるということです。しかし、契約した病院でどの治療が受けられ、どの薬が処方されるかはすべて保険会社の胸先三寸。まさしくシッコの世界です」
この背景には、日本の皆保険では、長期のリハビリや6か月以上の入院は保険がきかないという、10割負担の医療環境がじわじわと増えている現実がある。民間版健康保険は、そうした医療崩壊に乗じて現れているのだ。
「今後、患者の全額負担に狙われているのは薬局で買えるような医薬品(風邪薬や漢方薬など)の処方、入院の食事などです。あと、診療のたびに窓口で毎回100円を上乗せ支払いすることも計画中。こうした国内の現状に加え、TPPがどう影響するのか、企業の動きに絶えず注視していきたいと思います」
取材・文/樫田秀樹(ジャーナリスト)