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「和歌などに用いる雅でとっつきにくい言葉だけが大和ことばじゃないんです」

 そう語るのは『大和言葉つかいかた図鑑』の著者で、日本語教師の海野凪子さん。

「そもそも日本語とは、『漢語』や、カタカナ語などの『外来語』、いろいろな語が混ざった『混種語』(ゲット+するなど)、『和語』の4種から成り立つ言語。そのうち『和語』にあたるのが大和ことばで、中国から漢語が入ってくる以前から、日本で話されていました」

 生粋の日本生まれで、長い歴史をもつ言葉。その魅力はどこかゆったりしていて、奥ゆかしさを感じる言い回しにあるという。

「外国人の生徒に“大和ことばは響きがやわらかくてやさしいですね”と言われたことがあります。私たちは普段、カタカナ語や和語を意識して使い分けることがないので、なかなか気づきませんが、音の響きが強すぎず相手に丁寧な印象を与えるんですね」

 また、自然を愛でる文化を象徴するような言葉が多いのも特徴のひとつ。

「例えば、晴れの日に降る雨を『お天気雨』と言いますが、『狐の嫁入り』『日照り雨(そばえ)』などに言い換えられます。突然降る雨は『ゲリラ豪雨』と言いますが、降り方がやさしい場合は『漫ろ雨』と表現することも。好きな言い回しを探してみるのもいいですね」

 日本人が昔から大切にしてきた文化や感情が反映された大和ことば。

「時代に伴う言葉の変化はしかたないと思っています。でも、美しくやさしい言葉は、ぜひ後世にも語り継いでほしい。そこで今回は、身近なシーンで使えそうな大和ことばをいくつか選んでみました。用法を間違えやすいもの、ユーモアのある俗語、日常会話にどんどん取り入れてほしいものに分けてご紹介します」

■用法を間違えやすいもの

【おっとり刀で駆けつけたが、後の祭りだった】

「本来の意味は、刀を腰にさす間もなく、あわてて刀だけを“押っ取り”駆けつける。身支度も整えないままに家を飛び出すイメージでしょうか。しかし年配の人も含め、ほとんどの人が“のんびり行く”という意味で使っています。漢字の“押っ取り”で覚えて」

【父はうがった見方をする人だ。いつも鋭い指摘をしてくれる】

「うがつとは、穴を掘ること。そこから転じて“洞察力がある”“物事を的確に掘り下げてみる”などの意味で使われています。つまり、賢い人へのほめ言葉なんですね。しかし世間では“彼はうがった見方をするね”と言うと、何でも疑ってかかるような、ひねくれ者だと受け取る人が多いよう。正しい意味で使う場合でも、ちょっと注意が必要かもしれません」

【イケメン担任の頼みだ。PTAを務めるのにやぶさかではない】

「“やぶさか”は躊躇するという意味で、そこに“~ない”と打ち消しがつくので、“躊躇することなく、喜んで~する”という意味で使います。打ち消しの言葉がつくせいか、“しかたなくやる”という意味で広まってしまっていますね」

■ユーモアのある俗語

【イクメンだと思っていたけど、眼鏡違いだった】

「眼鏡違いとは、“見込んでいたのに期待はずれだった”という意味。そのほか、“目上の人に気に入られる”という意味で“お眼鏡にかなう”という言葉もあります。眼鏡が日本に入ってきてから生まれた言葉だと解釈すれば、比較的新しい俗語なのでしょうか」

【いただき物のおせんべいが風邪をひいてる】

「お茶やのり、乾き物など風味のある食材が香りを失い、しけている状態を“風邪をひく”と言います。ボールペンのインクが出なくなったときに使う人もいるそう。調子が悪いパソコンに“機嫌が悪い”と言う感覚で使ってみて」

【ギャンブル好きの夫は毎月懲りずにおけらになる】

「おけらになるは、一文無し、つまりお財布の中身がすっからかんになること。おけらとは、土の中にいるコオロギのような虫のこと。平手で土の中を掘り進めていくのが特徴だそう。その手を広げて万歳しているポーズが、お金がないときのお手上げ!のジェスチャーに似ていたことが語源だと言われています。競馬場やパチンコには、おけらになった人がたくさんいるってことでしょうね(笑い)」

■日常会話にどんどん取り入れてほしいもの

【退職後はひねもす寝てばかり】

「“ひねもす”とは朝から晩まで(終日)のこと。ちなみに、“よもすがら”は夜通しのこと。“昼はひねもす、夜もすがら”と言えば、“四六時中、いつでも”という意味になります。すごくいい響きだと思うのですが、後に続く言葉がゲームやパチンコ三昧だとしょうもないですよね(笑い)。暇が多い人はぜひ、ひねもす読書三昧などいかがでしょうか」

【むしおさえにはならないかもしれないけど?】

「むしおさえとは“食事までまだ時間があるけど小腹がすくこと、間食”のこと。お菓子を差し出し“むしおさえにはならないかもしれないけど、どうぞ”と使いたいですね。あるいは“メシはまだか?”とうるさい夫を黙らせるため、うどんなどの炭水化物を差し出して、“むしおさえには多すぎましたか?”とにっこり笑うのもありですね」

【失恋した友人へ気薬にと思って、好物を持っていく】

「気薬とは“気持ちがふさいでいる状態から元気づける、勇気づけるもの”のこと。病は気からという言葉と関係があるのでしょうか。“気持ちを元気にする薬”なんて、何だか思いやりを感じる、やさしい言葉ですね」