3月12日公開の映画『エヴェレスト 神々の山嶺』で初めてクライマーに挑戦したとは思えない、“山屋(やまや=登山家)”の雰囲気そのままに語る阿部寛。
「オファーが来たときは、うれしかったですね。やっぱり究極の世界を究極の男でできるっていうのは、役者冥利につきる」
国内外で数多くの映画化オファーを受けながら、そのスケールの大きさゆえに映像化が叶わなかった夢枕獏のベストセラー小説『神々の山嶺』。世界最高峰のエヴェレストに実際に登り、邦画初となる標高5200メートル級で撮影を行った。
阿部が演じたのは、岡田准一演じる山岳カメラマンの深町がネパールのカトマンドゥで偶然見つけた、孤高の天才クライマー・羽生。羽生の謎めいた過去を調べるうちに、次第に興味を持っていく深町。
そして、日本に残した人がいながら単独エヴェレスト登頂に挑戦する羽生を見届けることになる。
「原作を読んだとき、クライマーのすさまじい情熱に心打たれました。しかし、家族や周りの人間に多大な影響を与えながらも、追いかけてしまう究極の世界。普通に考えたら、なぜ、そこまでして山に登るんだろうと疑問をいだく。
今回の撮影で、同行してくださった日本のトップクライマーの方にずっと質問をしていたんですけど、納得のいく答えは返ってこなかった。ただ、1か月近く一緒に行動して、その後ろ姿や山を見る目線から、異常なまでの山に対する憧れと情熱を感じました。
だから、羽生を演じるうえで、彼を理解して説明するというより、ただシンプルに山への情熱を前面に出して演じることにしたんです」
撮影前には三つ峠(山梨県)の岩肌を登り、恐怖心に慣れるために命綱をつけた状態で3メートルほど落ちる(!)経験や、ボルダリングで体幹を鍛えながら、腕だけで登っていく練習、酸素トレーニングなどさまざまな準備を行っていった。
「医療ものも大変だと思っていましたが、それ以上でした(笑い)。鍛えていったつもりが、実際にエヴェレストに行ったらうまくいかないことがたくさんあった。5000メートルよりも上って、常に嵐の状態なので、岩肌が削られているんです。
ゴツゴツしているようで、すごく滑らか。だから、ピッケルをかける場所がなかなかない。“時間がない、すぐ本番いこう”って言われて、自分がキレそうでしたよ(笑い)」
10日かけて高度に順応しながら登り、1か月以上行われた現地での撮影。“一歩間違えたら死が待っている。そういう環境で撮影できたことが、今作の財産になった”と語る。
「いつ終わるんだろう。あと何日だろうと、誰もが思っていた。空気が薄いから頭が痛くなる。乾燥していることもあって、熟睡できない。2時間くらいの睡眠で起きてしまうんです。だんだん“寝たい”って気持ちもなくなってくる。
夜、起きたとき、月明かりでも昼間くらい明るいんですよ。その月明かりに照らされながらひとりでいると、山の声みたいなものが聞こえてきて、現実じゃない世界というか、神の領域が足元まできている気がしましたね」
撮影/佐藤靖彦