待望の子どもが生まれ、妊娠中の不自由さからも解放され、この先には幸せしかないと思いきや、産後の母親の心身は、周囲が想像できないほどボロボロになっているという。不安や孤独感に駆られ、わが子に恐怖を感じ、脳が判断能力を失い気づけば自殺を考えるように……。知られざる『産後うつ』の苦しみの深さとは?
「一番大変だったのは、2010年10月末のころです。気づいたら息子を抱いて、家の近くの踏切の前にいて……ということが続きました。毎回吸い込まれるように、いつの間にか立っていたんです」
フリーアナウンサーの安田美香さん(42)は、産後うつに押しつぶされそうだった数年前を、そう振り返る。
出産後、ホルモンバランスの急激な変化や育児ストレス、社会的孤立などから精神障害を起こす『産後うつ』。東京都監察医務院などによると、東京23区では、'05年から'14年の10年間に63人の妊産婦が自殺しているほど深刻だ。
「このままではさすがに危ないと思い、11月に大学病院の心療内科に足を運びました。そこで“産後うつ”と診断され、初めて自分が病気だったのだとわかり、抗うつ剤などを処方されました。でも私は病院に行けただけ、まだ軽度だったのだと思います」(安田さん)
現在5歳になる息子を出産したのは、'10年6月。
「35歳までに子どもが欲しくて、産婦人科に通ってやっと授かった命でした」(安田さん)
ところが産後、異変が訪れた。鏡に映った自分の顔の目の下にはクマ。美容院も行っていない、化粧なんていつしたっけ? とみじめな気持ちになり、育児雑誌で笑顔を振りまくママモデルを見ると、“何で私ばかり、こんなにしんどいの?”と落ち込む。仕事復帰への焦りと未練も爆発。
「バリバリ働いていたころの自分と比較して“ああ、自分は人生の主役じゃない。裏方に回ってしまった”と思ってしまいました。母から“そんなに仕事がしたいの? 子どもがかわいそう”と言われたときは、一番こたえました」
自己嫌悪、不安、悲しみが増大。子どもがすごくかわいいと思った5分後に“この子のせいで仕事が……”という感情になり、やがて毎日泣いて過ごすように。
安田さんが本格的に回復したのは、'12年にウェブの子育てバラエティー番組を始めてからだ。
「今、心身はスッキリ元気で、子どもも産んでよかったなと思えています。夫や両親が育児や家事に協力的だったことに支えられたのと、やはり仕事にも救われました。“私はママであると同時に安田美香なんだ”と少し自信が持てた」
番組では、母親の心に寄り添う「えんちょー」を目指す。
「悩むママたちに“あなただけじゃないよ”“みんななりうるんだよ、大丈夫”というメッセージを込めて情報を発信できるようになりました」
安田さんは、最後にこう話した。
「“母だから〇〇して当たり前”“母親失格”といった言葉は、お母さんを追い詰めます。かわりにひと言でも“頑張っているね”とほめてあげて」