人生最後まで、食べるものを好きに選べるとは限らない。病気で入院したり、介護施設の世話になれば、日々の食事は決められている。
ところが最近そうした場で、やり方はさまざまだが、本人の希望に沿ったメニューを出す“リクエスト食”に取り組む施設が現れ、少しずつ広がっているのだ。
鹿児島県鹿屋市にある介護老人福祉施設『みどりの園』もそのひとつ。現在、約80人が入居しているが、'13年4月から利用者それぞれの誕生日を含む年3回、本人が食べたいものをその人のためだけに出す食事の機会を設けているという。
担当の管理栄養士である池崎輝美さんに取り組みを始めたきっかけを尋ねた。
「施設での食事は、味も見た目もみなさんに喜んでもらえるよう心がけていますが、365日、メニューが決まっています。でも、これまでの生活の中で慣れ親しんできた味、好きだった料理があるはずで、そうしたものを味わえる機会を作りたいと考えました」
何を食べたいか希望を聞くのは、ふだんから言葉を交わし、触れ合っている介護スタッフだ。利用者との日常会話の中で、家ではどんなものを食べていたか、思い出深い食べ物はあるかと、食について時間をかけて広く話を聞いていく。
その中で希望を引き出し、食材や味つけ、エピソードといった話を拾い上げるという。
詳細を記録しておき、リクエスト食を出す2週間前にあらためて本人にメニューを伝えて確認し、当日を迎える。
認知症が進んでコミュニケーションが難しい人の場合は、家族に話を聞いて作り上げている。
「ふだんでも、多くの方は食べることが大好きで食事の時間を楽しみにしています。でも、リクエスト食はやはり特別なようで“ありがとう、おいしいよ”と食べてくれたり、涙を流したり、手を叩いて喜ぶ人も。誰もがいつも以上にニコニコした表情をみせるので、何かを感じているのだと思います」
リクエストで多いのは、食べる機会のない刺身やにぎり寿司、ステーキなど。なかにはかつて病院に通っていたとき、帰りに必ず立ち寄った店のラーメンを頼んだ89歳の女性や、居酒屋でよくつまんだモモ肉の焼き鳥をタレ味で、と注文した、ビール好きの82歳の男性もいる。
99歳の女性は煮しめを希望したが、自分の家でそうだったようにタコを入れてほしいと希望した。のどに詰まらないよう、薄く切ってやわらかく煮込んで出したところ、ゆっくりゆっくり噛みながら、完食したそうだ。どれも、懐かしさがこみ上げる食事だったに違いない。
食べた後には感想を聞き、それぞれの希望の内容や思い出をまとめた記録に書き加える。
「これが日常のケアにも役立つのです。今日は食欲がないから食事はいらないという人がいれば、記録を見て、その日に出せる好みの料理を提案できる。するとペロリと平らげることもありますよ」(池崎さん)
ある男性は、食欲が落ちて食事の大半を残すことがしばらく続いたが、リクエスト食の記録を参考にビーフシチューとポテトサラダを用意すると、半分まで食べたという。
その後も特別に好みのメニューを出すようにして、元のとおりに通常の食事をしっかり食べられるようになったのだ。
「リクエスト食によって、食べる機能が上がることもあると実感しています。食事は栄養補給するためのものですが、いくつになっても自分らしく好きなものを自分の口で味わって、楽しみながら食べてもらいたい。おいしいと喜んでくれる顔が見たい一心で、スタッフ一同、あきらめずにケアをしています」