時任玲子さん

 大阪府のハローワークで非正規相談員として9年間働いた時任玲子さんは'11年3月29日、今年度いっぱいで、つまり2日後に雇い止めになると告げられた。

 任期1年の雇用契約を更新すること8回。その手続きは、職場から「年度末で契約切れますが、来年度も更新を望みますか?」と尋ねられると「望みます」と口頭で答えるだけ。「ずっと働ける」と思っていた。

 上司からキャリアコンサルタント資格の取得をすすめられたことも、その思いを強くした。時任さんは、一切の娯楽を断ち、食事も質素に抑えて捻出したお金を勉強につぎ込んだ。

 時任さんは非婚のシングルマザー。低所得なのに寡婦控除が適用されないため、生活は楽ではない。それでも、ひとり息子の小学校入学時にハローワークに職を得たことは幸いだった。だが9年後、息子がますますお金のかかる高校生活に入ろうとするときの雇い止めは想像もしていなかった。

「ハローワークは私には天職でした。英語を生かしての外国人への対応。非正規職員としてはただ1人、求職者のためのセミナーやフリーター対象のワークショップも担当しました。楽しかった。自分に合っていると思いました」

 なぜクビに? 思いつくのは、セクハラに遭った同僚女性の支援のため、加害者である上司と対峙したことだ。この上司と仲のいい男性が人事権を握っていた。

 失職後1年間はほかの非正規職に就いていたが、その契約も切れると、時任さんはかつて自分が働いたハローワークに向かった。

「ブラックユーモアですね。相談員だった私が、今度は求職者としてカウンターの向こうにいるのですから」

 時任さんだけではない。

 '10年10月、人事院は、ハローワークなど国の機関の非正規職員については、3年たったら公募で選び直すというルールを通知した。これにより、住民に就職先を紹介するハローワークの非正規職員の多くが毎年、失職しているのは笑い話ではなく事実だ。

 ハローワークで仕事が見つからなかった時任さんは、いよいよ生活保護の申請に役所に赴く。ところが、役所でばったりと、知人である、障がい者の就労支援をする社会福祉法人の責任者と出会ったことが縁で、幸運にもそこでの就労が決まった。'12年4月のことだ。

 そして6月。時任さんは、雇い止めは理不尽であるとして国相手に損害賠償請求を大阪地裁で提訴した。

 できれば集団訴訟にしたかった。というのは、ハローワークでは相談員の6割は非正規であり、その多くが年度末に雇い止めに遭っているからだ。時任さんは、その何人かに声をかけたが「国相手はちょっと……」と固辞された。

 たった1人の闘い。だが、同じような目に遭う人たちのための闘い。時任さんは「究極のボランティアです」と笑うが、裁判は負け続きだ。

『期待権』という言葉がある。毎年、自動的に任用の更新手続きをすることで、労働者が“いつまでも再任用されるんだ”との期待ができる権利をいう。

 だが時任さんの場合は、職場(国)が「年度末で契約が切れますが」とのことわりを入れてから「来年度も更新しますか」と尋ねていた。

 はたして地裁では「再任用されることを期待する法的利益を有しない」「セクハラ事件の被害者支援も再任用拒否とは関係がない」と敗訴。'15年11月、高裁でも敗訴。あとは最高裁判決を待つだけだが、時任さんが提訴してから意識したのは任用のあり方だった。

「任用には労働者の意思は関係ない。雇用者の意思だけで採用も雇い止めも成立する行為です。非正規公務員には最大課題です」

 実際、時任さんの高裁判決では、任用は「一方的意思表示によって成立する行政処分」と書かれている。

「民間企業では、労働者をなるべくクビにしないよう努めているのに、労働行政の足元で雇い止めが毎年起きている。このあり方を改めていきたいです」

 時任さんには、裁判を始めてよかったことがある。

「裁判をやるんだけど」と打ち明けたとき、息子が「社会に必要な裁判なら、母さんが先駆けになるんだ」と励ましてくれたことだ。裁判の証人尋問でも言うべきことは言い切った。母の背を見た息子は今、大学の法学部に在籍し、将来に生かそうと法律を学んでいる。

 格差のない社会。時任さんが望むのはそれに尽きる。

取材・文/樫田秀樹