移転反対派の中でも、特に思い入れが強いのは浦安の人々だという。
「江戸時代から漁業が盛んだった浦安は魚河岸との付き合いが古くからあった。でも、市場で商いをするために必要な板舟権はなかなか手に入れられず、四苦八苦してきた歴史がある。手狭な軒先商売から大店舗に育った店も多く、先代が苦労して得た築地という場所を手放したくない強い思いがあるんです」(森本氏)
さらに、環境汚染も危惧されている。
'14年末、豊洲市場の土壌汚染対策工事の完了を都が発表するも、今年2月に入り、300を超える区画で底面調査が行われていなかった実態が判明。指定の審査を怠り、虚偽記載を行ったずさんな対応に、移転反対派は怒りの声を上げた。食の安全をつかさどる市場として、早急に解決しなければならない問題だ。
「豊洲市場はもともと東京ガスのガス製造工場跡地に位置し、'08年の調査で基準値の4万3000倍の発がん性物質ベンゼンが検出されました。そのとき、まっさきに声を上げたのが浦安グループ。高度成長期の真っただ中、旧江戸川上流の工業排水によって海産物や養殖海苔に壊滅的な損害を受けた過去があるので、どこよりも環境問題には敏感なんです」(前出・森本氏)
■消えゆく景色、魚河岸たちの思い
筆者は、移転騒動に揺れる築地の現状を知りたいがゆえに、市場の警備員として1年数か月働いてきた。いろいろな人と話していると、移転に関して多くの思いが交錯していることに気づかされた。仲買人、買出人、ターレの乗り手さん、立場によってもさまざまだ。
市場が静まり返る昼過ぎ、商売道具の包丁を洗っていた仲卸の吉田光郎さん(仮名)に声をかけた。築地で30年働いてきたという。
「ここ最近だと多い月で5店舗ほどが廃業しているって聞くよ。後継者がいない店もあるみたいだけど、移転費用が出せなくて閉める店もある。都の負担だって全額なわけじゃないからね。新しくダンべという大型冷蔵庫からそろえなきゃならないんだから大変だよ。
うちは日本橋時代からやってきた店だから、意地でも豊洲に行くけどさ。俺の代で終わらせるってわけにはいかないだろ。国なんて何にもわかってないんだよ。どうせ偉いやっちゃ、書類しか見てねーんだろうからさ」