築地に来て10年、ターレで運送業務を行っている長尾雄介さん(仮名)は、
「老朽化だっていうのもわかるけど、やっぱこの独特な雰囲気がなくなってしまうのは寂しいよね。俺だっていつかは築地で自分の店を持って、世界一の市場にしてみせようと思っていたのに残念だよ。豊洲も見てきたけど、あんな工場みたいなところで働くのは気が進まないね。ちょっと肩の力が抜けちゃったよ」
意外だったのは、若い人より年配の人のほうが移転に前向きな傾向が強いこと。30代くらいの若い人のほうが、失われゆく築地市場に対してノスタルジーを感じているのは不思議だった。
豊洲市場の開場2か月後をめどに、環状2号線の仮設道路を新橋~豊洲間に通す工事がスタートする。移転が完了する11月7日午前0時から、早くも築地市場の解体が始まる予定だ。
2020年の東京五輪に向けて、都心と選手村をつなぐことが期待される環状2号線は最優先事業であり、ノスタルジーに浸っている暇などないのだ。
多くの観光客でにぎわう築地場外市場にある飲食店や魚屋などはそのまま残るため、築地でも従来どおり仕入れができるよう60店舗の仲卸業者が入った新施設『築地魚河岸』が築地場外にオープンするという。
問題は、東京ドーム5個分の広さを誇る移転後の築地場内市場跡地だ。
「いくつか計画案はあるものの用途に関してはほとんど何も決まっていない」
と、森本元市場長。一時はカジノになるといった話も囁かれたが、あの巨大な土地に何ができるのか。せめて歴史ある築地市場を壊さなければよかった、と後悔することのないように有効利用してほしい。
無法地帯ともいえる一種独特のノスタルジーを持った築地の雰囲気は間もなく失われる。豊洲市場は現在のようなオープン型から、商品を高温、風雨から守る閉鎖型施設になる。そして、一般の観光客らは見学者通路しか通れなくなるという。市場の活気が肌で感じられた今の築地市場を思えば、少し寂しいものがある。
筆者は、警備員の仕事をしながら、移転後の築地の景色はおそらくこうなる、というコンセプトで未来を先取りする写真を撮り、写真集『築地0景』を上梓した。時代の流れの中で消えゆく景色もある。
しかし、歴史を刻み続けた日常の景色には、言葉にしがたい貴重性がある。それを少しでも多くの人に見てほしいと願っている。今ならまだ築地市場の歴史を感じることができる。移転前にぜひとも足を運び、私たちの食を支え続けた市場の最後を見届けてほしい。
取材・文/写真家・元市場警備員 新納翔
<プロフィール>
にいろ・しょう/写真家。早稲田大学理工学部応用物理学科中退。かつて肉体労働者の街といわれた東京・浅草北部にある「山谷」をはじめ消えゆく都市風景をテーマに活躍。写真集及び国内外での個展多数。
※写真はすべて新納翔氏の写真集『築地0景』(ふげん社)より