遺伝の研究により「子どもの学力は親から受け継がれた遺伝子の影響を大きく受ける」ことが判明した。ならば努力は無意味なのだろうか。これまでの教育の常識が変わろうとしている。
日本人に“やりぬく力”は必要なし!?
最近、成功のカギは “やりぬく力” だとハウツー本が出版されるほど話題だが、
「多くのデータで、かなり幼いときに意識的にお金と時間と手間ひまをかけて環境を作ってあげないと成果が出にくいとされています。しかも、こうした力を身につけたとしても、それが学力に反映することは少ないともいわれています」
そう説明するのは、行動遺伝学(※下に解説あり)と教育心理学が専門の慶應義塾大学・安藤寿康教授。
では、子どもにまじめに勉強に取り組む態度を身につけさせるにはどうすればいい?
「安心してください、日本はもともとまじめな人が多い文化ですから(笑)。過度に勉強を強いることのほうが逆効果ともいえます」(安藤先生、以下同)
勉強は努力で何とかなるものではない!?
「スポーツや芸術と違って、学校の成績は努力した分だけ成果が出ると思っていませんか? そうではないんです。どんな能力も、才能(遺伝)と努力(学習)の賜物です」
勉強は “やり方さえ学べば誰でもエキスパートになれる” とよく聞くが、
「勉強ができる人は、勉強のやり方を知っているからできるといえるでしょう。しかしそれこそが才能であり、やり方を学ぶ能力が備わっているのです。 “能力を持っていること” と、 “能力を学習する能力を持っていること” は同じこと。努力しなければ何事も成し遂げられない。努力の仕方の違いが才能なのです」
よい先生に出会っても子どもは伸びない!?
学校で教え方の上手な教師に出会ったら、その子どもは賢くなるに違いない。このように思う親がほとんどだが、 “教え方は能力の一生の財産にはならない” という。
「子どもの個性や才能に合った教え方をしてくれる先生にたまたま出会えれば、子どもの成績が上がることもあります。しかし、合わなければその効果は期待できません。
さらに成果が得られたとしても一過性のものにすぎないことが多い。その教師から離れてしまえば、元に戻ってしまう。学習効果には継続性がなく、遺伝の影響だけが残ります。しかし “思い出” にはなるでしょう」
日本人の数学力はそろばんのおかげ!?
米国や北欧と比べると、日本人では算数・数学の遺伝の影響が他より小さく、家庭環境の影響が大きいという。
「エビデンスはありませんが、日本では数学に特化した技能を学ぶ独自のツールが普及していたことが要因ではないかと推測しています。国語や社会や、理科ですら、実体験や読書などで得た一般的知識の豊かさによって成績に差が出ますが、数学は一般的知識だけではダメ。数や図形を扱う特殊なスキルが求められます。日本はそろばんや公文式などが発達していて、親がそれを学ぶ機会を子どもに与えれば、得意になれるのではないかと考えられます」
「人間の才能や性格などの行動は、先天的な遺伝と後天的な環境からどの程度、影響されるのかについて、膨大な統計データを使って分析する学問です。もし遺伝に100%影響するという結果が出たら、親の遺伝ですべてが決まるので、どれだけ子どもが1人で努力をしても成果は出ずにムダに終わる、というわけです。 その中心となる手法は “双生児法” で、一卵性双生児(遺伝子が100%同じ)と二卵性双生児(遺伝子が50%同じ)の類似性を比較します。同じ環境で育った双子を比べて、一卵性のほうが二卵性よりも似ていれば、遺伝の影響が大きいと考えるのです。 もちろん、少数の双子の類似性を比べても統計的に意味はありません。たくさんの双子の被験者に協力してもらい、全体的な傾向を見ていき、どの程度、遺伝の影響があるかを突き止めていきます」
<教えてくれた人>
安藤寿康さん
慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学と教育心理学。著書『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)など