逮捕しなくても家宅捜索できる
「逮捕令状を請求する際、警察は疑いのある資料を作成して添付しますが、資料を裁判所はチェックするすべがないので逮捕令状は簡単に出るでしょう。ただ、共謀罪で有罪か無罪かを立証するのはハードルが高いはず」(山下弁護士)
共謀罪で処罰するには、共謀の内容と準備行為の因果関係を立証する必要があるからだ。そのため逮捕はできても、必ずしも起訴されるとは限らない。だが、逮捕自体が目的となれば、話は別。
「有罪にするには具体的な準備行為が必要になるので難しい面もありますが、起訴しなくても、家宅捜索はできます」(林さん)
家宅捜索をすれば、捜査当局は多くの情報を入手できる。加えて、逮捕された人の社会的なイメージを低下させることも可能だ。
「家宅捜索で膨大な資料を集めることができます。捜査当局がマスコミにリークし、逮捕された人へ社会的ダメージを与えます。起訴されなくても本人や団体、会社、社会運動はダメージを受けます」(山下弁護士)
ほかの法改正との連動で、さらに監視や告発が強化される。’16年の刑事訴訟法改正で司法取引が認められた。他人の犯罪を明らかにすると起訴されず、裁判官も特定できない「匿名の証人」が有効になる。
覚せい剤の密輸で、日本とタイの捜査当局が連携した“泳がせ捜査”が違法か問われた。3月、東京地裁は有罪判決を出したが、このときに匿名の証人が出廷している。
「匿名の証人の証言によって裁判員裁判で有罪判決が出ています。共謀罪ができれば、監視団体に警察官が潜入捜査し、同意を誘発する可能性もある」(林さん)
共謀罪の立件は、監視のほかには告発がある。匿名の証人でもよいとなれば、捜査員が共謀を“仕掛ける”懸念も出てくる。
さらに共謀罪はメディアも対象になるおそれが。過去の法案では報道や表現の自由について「正当な活動を制限してはならない」とあったが今回は曖昧だ。
「報道の適用除外はありません。企業の不正などを訴える記事を企画したとすると、組織的信用毀損罪の共謀になりうるのではないでしょうか」(山下弁護士)
過去には、雑誌の編集長と編集者が名誉毀損罪で有罪判決を受けた際、判決の中で「編集会議で共謀」とされたケースもある。
ここに挙げた捜査は、政治的な目的ばかりで行われるとは限らない。林さんによれば、「警察の得点稼ぎのために行うことも考えられる」というから、誰もが無関係ではいられない。
会社も学校も、メディアまで押さえ込まれ、誰でも、どこまでも監視対象になりうるとすれば、疑心暗鬼が渦巻く恐ろしい社会になる。
<取材・文/渋井哲也>
ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、表現規制問題などについて取材。近著に『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)