子どもへの教育でがん検診率もアップ
思い立ったことをすぐに行動に移すタイプの林先生。さっそく教育委員会に出向き、学校の先生方に集まってもらった会で「がん教育」の必要性を熱く語ってみた。が、反応は薄かった……。
「学校での日々の教育や指導で多忙を極めるなか、これ以上、新しいことをやりたくないという本音があったんでしょう。そのときは本当に落ち込みましたね」
しかし、あきらめかけた1か月後、ポツポツとがん教育をやりたいという手が挙がってきたのだ。元看護師だった養護教諭、子どもをがんで失っていた校長など、がんに関わる当事者たちであり、そのぶん、思い入れも強かった。子どもの発達段階に合わせて教材を手作りし、試行錯誤しながら授業を進めていった。
「子どもたちは真っ白なキャンパスのようで、教えられたことを信じ、すぐに実行します。教育はとても重要だと実感し、同時に大きな責任も感じました」
林先生は、子どもたちについてもっと知りたいと思い、通信制の大学で教育学を学ぶようになった。
診療の合間や休日を利用して教育実習をこなし、2014年に「特別支援学級自立教科教諭一種免許状」を、2017年1月に「中学校・高等学校保健科教諭一種免許状」を取得した。
「教員免許を取得することで、学校の先生方の対応もガラリと変わりましたね。円滑に、より充実した授業を行えるようになりました」
こうした取り組みと同時に、文部科学省や厚生労働省も動き始め、今年度以降、全国の小学校、中学校、高等学校で、がん教育が一斉に展開される。
しかし、多くの学校現場において、がん教育をどのように実施したらいいのか、いまだ手探りの状態だ。
この本は、林先生がこれまで授業に使っていた手作りの教材をベースに、子どもだけでなく親はもちろん、がん教育を行う先生方、医療関係者にも役立つよう、1冊にまとめたものだ。
「本の中で、初期の乳がんにかかったお母さん、働きながら大腸がんと闘うお父さん、治らない肺がんを抱えて生きる選択をするおばあちゃんといった、実在する3人の患者さんの物語を紹介しました。どれも本当の話です。この物語を読むだけで、がんの知識から、がん患者さんが抱えるつらい気持ちや葛藤、がんについて知ってほしいことが伝わるよう工夫しました」
ちなみに、子どもたちにがん教育を実施した地域で、がんの検診率が上がったというデータがある。授業で「がんは早期発見、予防が大事」と聞いた子どもが親に伝えた結果だという。
「授業後、子どもたちは、“がんは死んでしまう病気でないことがわかった”“身近な人ががんになったら、支えられる人になりたい”など、素晴らしい感想を寄せてくれます。がん教育を通して、自分のいのちを大切にすることを学んだ子どもたちは、いずれは他人のいのちを思いやり、国の将来をも考えられる大人になってくれると信じています」
取材・文/工藤玲子
<プロフィール>
はやし・かずひこ 1961年、東京都生まれ。東京女子医科大学の消化器外科、化学療法・緩和ケア科教授を経て、2014年よりがんセンター長に。「がん教育」にいち早く取り組み、教員免許(特別支援学校自立教科教諭一種免許状、中学校・高等学校保健科教諭一種免許状)も取得した。