だが'09年9月、転院した医師のすすめから断薬したことで翌月には症状が悪化した。
「ときおり、二重人格のような症状が出るようになりました。あるときは、罵倒する夫の人格。あるときは、謝り続ける自分の人格。誰に言うわけでもなく“このバカが”“ごめんなさい”を繰り返すんです」(恵子さん)
同年12月、病状がさらに悪化した道子さんが面会に行ったところ、その様子に驚いた夫側から、弁護士を通し連絡があった。恵子さんが語る。
「孫が驚くので、会わせられないと連絡があったんです。こちらから何度も弁護士を通し連絡をしても返答がなくて」
前出の青木教授によれば、
「精神疾患であろうと子どもの安心安全が脅かされなければ、会わせることに問題はありません。子どもに説明をして納得すれば、受け入れ、心の優しい子に育つことも。一番悪影響なのは、子どもを夫婦間の衝突に晒すことです」
葬儀に夫の姿はなかった
道子さんはその後一切、娘と会うことは許されなかった。
再び薬を服用し、回復に向かった道子さんは、“自立して子どもを引き取りたい”その思いから、仕事を始めた。
精神状態も安定し、12月からはかけ持ちをして働き始めた矢先のことだった。道子さんの病状が再び悪化する。
「無理をして働いたため、買い物をした自分を責める言葉を口にするようになりました」
道子さんは自分の服を持ってきて、“これを売って、お金を返さなきゃ”と話すこともあったという。
そして、'10年12月18日。
「昼食を作り、私は自室にいたのですが、廊下をパタパタと何度も往復する音が聞こえました。それがパタリとやんで……。胸騒ぎがしてリビングに行ったら、ベランダの窓が開いていて、そこから覗くと下に娘が倒れていたんです」
病院に救急搬送されたが、手の施しようがなく、息を引き取った。29歳だった。
葬儀には夫の姿はなかった。
あれから今年で7年。孫とは8年以上、会えていない。
「クリスマスも会えないだろうから、自立するため、今は働いてお金を貯めて、資格を取るために学校へ通うんだと張り切っていました。クリスマスに会えていればこんなことにならなかったのかな……」
遺骨はいまだ自宅に置かれている。そしてその隣には、道子さんが自殺直前、わが子のために買っていたクリスマスプレゼントの包みが……。
「いつか孫が会いに来てくれる。そう思って、まだお墓には入れていません。そのとき娘が渡せなかったクリスマスプレゼントを渡してあげたい。そして娘がどれだけわが子を愛していたか。それを孫にちゃんと伝えてあげたいんです。娘が残した宿題をちゃんとやってあげなくっちゃ」
恵子さんの表情には深い悲しみが漂っていた。