今年7月、刑法の性犯罪規定が110年ぶりに改正され、男性も被害者の対象に含まれるようになったものの、これまで性暴力の問題において見過ごされてきた“男性被害者”たち。犯罪と認め、裁かれてこなかった性暴力の実態に迫る。

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 性暴力被害というと女性をイメージする人が多いだろうが、男性もいる。しかし、相談の現場では、男性の性被害を理解できる専門家は少ない。そのため被害を訴えても、十分なケアがなされてこなかった。

 玄野武人さん(50代)は1999年、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。記憶をたどり、過去の性暴力被害が関係していると思い始めた。

「抑うつ状態になり、とてもつらかったです、気がついたら知らないうちに真夜中にドライブをしていました。当時は、PTSDのことはあまり知られていませんでした」

 玄野さんが被害に遭ったのは20代のころだ。加害者は、20代の顔見知りの女性。趣味のサークルで知り合った。ある夜、突然やって来てセックスを求めてきた。

「彼女は自己中心的なセックスで、次第に支配的になっていきました。拒否すると、勝手に合鍵を作ったり、何時間もセックスをするために説得され、逆にプレゼントを持ってきたりしました。セックスをしないと帰らないのです。それは異様なセックスで、無理やり射精させられたりして、勃起しなくなりました。すると、その女性は悪態をついて出ていきました。彼女は性依存症だったのです

 女性は玄野さんの身体が目的だったのだろう。性的な関係を拒否しようとしても、玄野さんは強引さに拒絶できなかった。

「当時は、男性が被害者になるという情報はありませんでしたし……」

 それでもPTSDの症状により、性暴力に関係していると思い、性暴力の電話相談にかけてみた。しかし「男性のことはわかりません」と言われただけだ。

 数の上では、男性よりも女性のほうが性暴力の被害者は多い。警察庁によると、強制わいせつ罪の被害発生率(人口10万人あたりの認知件数)は、女性では11.0、男性は0.3。男性被害者は、女性被害者の40分の1だ。

「なかなか一般社会では認知されません」

 刑法改正によって、男性も「強制性交等罪」(改正前は強姦罪)の被害者として加わった。それまでは類似の事件があっても、強制わいせつ罪だった。

 こうした実情を反映して、当時の性暴力に関する国内の文献は男性が被害者との前提では書かれていなかった。ただ、海外の専門書を見つけ、取り寄せた。

「女性向けの性暴力からの回復の本も参考にしました。2年ほどで症状は改善しましたが、ほとんど自力でした」

 2001年3月、男性の性被害専門のホームページを作ると、多くの性被害のサバイバーからアクセスがあった。サバイバーとは、「性被害を生き抜く人」という意味がある。

「男性サバイバーもたくさん来ましたが、女性やセクシャル・マイノリティーの人からも多数のアクセスがありました。女性は“男性は理解されなくて大変”と、支援してくれました。セクシャル・マイノリティーの人も社会の支援が得られなかったため、分かち合いをしたものです」

 電子掲示板のやりとりも役立った。カウンセリングは自分の話をするが、電子掲示板では、ほかの人の話を聞く。それが回復に役立った。’01年に、男性性被害者のための自助グループを作った。被害当事者が集まり、ともに回復を目指すグループのことだ。

「月1回のペースで2年ほどやりました。その結果、体験や気持ちを整理でき、自助グループは有効だとわかりました。それ以降は、年1回のペースで活動を行っています」

 玄野さんは男性の被害者としては“先駆的”だった。そのため学会に紹介したいと、精神科医から電話インタビューを申し込まれたこともある。

研究のインタビューでは聞き手は自己開示しないという倫理があります。しかし、その医師が、自身の性被害や性的体験を語り出したので、PTSDが再発しました。しかも治療もされませんでした。翌年には私のことが論文として出版されてしまったのです。何年もかかりましたが、抗議の末、謝罪文をもらいました」

 しかし、論文は撤回されていないという。書籍の編集者となっている別の精神科医が撤回しないためだ。弁護士からも介入された。

 これは研究者や支援者によるハラスメントだ。この被害からは10年以上がたつが、

「出版が撤回されないと本当の回復にはならない」

 そう玄野さんは訴える。