1月1日に、CHEMISTRYの堂珍嘉邦との離婚を発表したカリスマモデルの堂珍敦子。今後は芸名を“敦子”にして心機一転、活動していくことも同時に発表した。
「2人は'04年に結婚し5人の子どもをもうけましたが、末っ子である四男を出産した'14年に別居が報じられました。双方は否定しましたが、彼女の年賀状の家族写真には、それまで毎年写っていた夫の姿がありませんでした。結局、夫婦仲は戻ることなく、ピリオドを打つことになったのでしょう」(スポーツ紙記者)
子育て、モデル業、専門学校
結婚当初は都内の高級住宅街で2億円ともいわれる豪邸に住んでいた。だが、'12年ごろにはそこを売却し、神奈川県内に引っ越している。
「このとき、敦子さんと子どもたちは新居に移りましたが、堂珍さんはレコーディングなどもあり、ほとんど家に帰らなくなったんです。実際に事務所が用意した都内のマンションが生活拠点になっていましたね」(レコード会社関係者)
彼女は現在、モデル業をしながら看護の専門学校に通っている。なんでも、助産師の資格を取ろうというのだが……。
「自身の子育てを通して、ほかの赤ちゃんの手助けがしたいという思いが強くなったとか。ですが、助産師の資格は看護師資格を取ったあと、さらに1年間の勉強が必要なんです。つまり、最短でも4年間は学校に通わなくてはならない。思いは立派ですが、5人の子育てをしながらの資格取得は、かなり厳しいでしょうね」(芸能プロ関係者)
離婚発表時には《私の奮闘記をブログを通して楽しんでいただけたら幸いです》と記していた。助産師挑戦がただのアクセス稼ぎと揶揄されなければいいけど……。