赤い髪が印象的なココさんはパリコレにも参加したことがあるハイブランドのデザイナーとして長年活躍。第二の人生を求めて飛び込んだ福祉業界で「がっちゃん」と出会った。そして重度の自閉症である青年との距離を少しずつ縮めていく。やがてGAKUは、言葉で伝えられない気持ちを「絵」で表現するアーティストに成長した。「がっちゃんにとって、私は先生? お手伝いさん?」そんなココさんの問いにGAKUは──。
川崎市の高津駅から徒歩1分、雑居ビルの殺風景な階段を3階まで上りドアを開けると、別世界のようにカラフルな色に囲まれたアトリエがあった。アーティストとして活動するGAKU(20)は、ここで1年におよそ240作品を生み出している。
凸凹二人三脚で世界へ
鮮やかな黄色の壁、天井にはシャンデリア。窓枠と色をそろえた赤い椅子。棚にはキャンバスや絵の具がぎっしりと並べられ、反対側の窓際にはノートパソコンが置かれたデスクがふたつ。
奥の席はGAKU、手前はアートディレクターの古田ココさんの定位置だ。机の前には、ムラなく一色に塗られたキャンバスが2枚置いてある。
「どうも、ココです。GAKUは今日、少し遅れて来るから、先に話しましょう」
ふわふわの赤い髪に大きな瞳、迷いなく歯切れのいい言葉。小さな身体から発する存在感が大きい。
毎週月曜日から金曜日の朝10時から夕方5時まで、GAKUはココさんと一緒にこのアトリエで過ごし、絵を描く。ずっと描いているわけではなく、お気に入りの乳幼児用DVD『ベイビー・アインシュタイン』を繰り返し見たり、突然部屋を飛び出して4階に駆け上がって窓から道を見下ろし、ビルの前の通りを行き交う車をじっと見つめたりして過ごすことも多い。
この日、GAKUがやってきたのは11時だった。階段を駆け上がってくる音がしたかと思うと、イケメンの青年が風のように現れた。金髪でサラサラ揺れる前髪の間にチラリと見える目が色っぽい。すらりと背が高く、おしゃれなジーンズをモデルのようにはきこなしている。
「おはよう、がっちゃん!」とココさんが声をかけるが、GAKUはチラリとココさんを見ると、その横を素通りして自分のデスクにまっしぐら。家から持参したDVDを無言でバリバリとシュレッダーにかけ、そのゴミを持ってすぐに部屋を出て行った。
ゴミがゴミ箱にあることが嫌いで、すぐにゴミ箱を持って捨てに行くという。目的をすませるとすぐに戻ってきて、青い作業着に素早く着替え、絵を描きはじめた。動きが早く、人の倍速で時間が流れているようにも見える。
「アトリエで2人で過ごすようになって1年半くらい。最近、『がっちゃんの仕事は?』って本人に聞くと、『ペイント!』って答えます。個展をいくつも経験して絵も売れて、自分は画家だという自信が出てきたんじゃないかな」
GAKUは知的障がいを伴う重度の自閉症と診断されている。ADHD(多動症)でもある。アメリカで9年間療育を受けたため、会話は5歳児程度の英語と、3歳児程度の日本語を織り交ぜて使う。
「私は絵の先生ではないんです。『ココさ〜ん、ふく!』と言われれば、こぼれた絵の具を拭き取り、『ブラシあら〜う!』と言われて筆を洗う。ものが落ちれば『ひろう! ひろう! ワン、ツー、スリー!』って言われながら、せっせと拾います。まぁ、アシスタントかな。がっちゃんは王様気質なの」
撮影が入ったこの日、カメラを向けられながら創作活動をしていたGAKUは、キャンバスからこぼれ落ちた絵の具を自分で拭いた。
「がっちゃん、自分で拭いてるの? うふふ。いつもは絶対私に頼むのに、お客さんが来てると頑張っていいところ見せちゃうんですよね。これもまたかわいいんだな」
お昼が近づくと、がっちゃんの「ランチ!」のひと声でランチタイムに。
「最近は、ビルの1階にあるコンビニにがっちゃんと一緒に買いに行きます。がっちゃんは必ず納豆巻きを3、4本とポケチキのホット(辛味)と柿ピー。柿ピーのピーナツは取り分けて、自分は食べずに私にくれるの。私も食べきれないから、ストックしてます。最高でしょ?」