8月17日、“メリー喜多川”こと藤島メリー泰子さんが14日に亡くなっていたことが発表された。実弟のジャニー喜多川さんとともにジャニーズ事務所を築き上げ、芸能界において“女帝”として君臨し続けてきた一方で、所属タレントにとっては厳しくもやさしい“ジャニーズの母”と慕われた存在だった。
そんな彼女の訃報が公式発表されると、いち早く自身のインスタグラムでメッセージを送ったのが木村拓哉。メリー氏の名前こそ出さなかったものの、《どんな時も、前向きな心と言葉をいつもありがとうございました!! ゆっくり、休んで下さい》と感謝を綴り、ヤシの木とワインの写真2枚を投稿した。
この写真にはそれぞれ意味があるようだ。スポーツ紙芸能デスクが解説する。
「SMAP解散が伝えられた2016年8月、キムタクは家族とハワイで過ごしていたのですが、同時期に現地に滞在していたのがメリーさん。当時、ジャニーズサイドは“2人はハワイで会っていない”としていましたが、“ヤシの木”はまるで現地での思い出を物語っているよう。そしてワインのラベルにある製造年の“1972”は彼の生まれ年。おそらくはメリーさんからの贈り物なのでしょう。つまり故人との思い出が詰まった2枚を選んだわけで、これだけでもかなり親密な関係が伺えますね。
だとしても、“ご冥福をお祈りします”といったシンプルな言葉で留めておけば、とは思うんですが、義理堅い彼らしいメッセージ(苦笑)。でも、やはり“あの時”も前向きなことを言われていたのかと思ってしまいますよ……」
メリー氏が激怒した理由
それまで裏方に徹していたメリー氏の名前が一般にも広く知れ渡ったのが、2015年に『週刊文春』(1月29日号)が掲載した《ジャニーズ女帝 怒りの独自5時間》という記事だった。取材記者がいる前で、当時SMAPマネージャーだったI女史を呼び出して公然と叱責したのだ。
そして副社長から発せられたのが《対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう》という、事実上のジャニーズからの“解雇”通告ーー。
「もともと文春さんはジャニーズ内の派閥問題や後継者争いについて取材を申し込んだのですが、なぜか普段は取材に応じることがないメリーさん自らが、表に立って口を開いた。彼女の中では後継者は娘のジュリー(藤島・現社長)さんしかいないのですが、当時の業界内で“後継者候補”ともてはやされていたのがSMAPを育てたIさん。
その風潮に釘を打ち、現実を知らしめるためにメリーさん自らが出てきたのでしょうが、プライドを傷つけられたIさんも引っ込むわけにはいきません。各方面に根回しを行い、入念に独立準備を進めていったのです」(芸能リポーター)
ところが、すんでのところで反旗を翻したとされるのが木村。そして2016年1月の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)にて、彼を中心とした並びで行われた生謝罪は“天下のキムタク”を一瞬にして“裏切り者”へと変えてしまったのだ。
「キムタクを思い止まらせたのが妻の工藤静香だったと言われています。彼女を通じてメリーさんに話があったことは想像できますし、この時にジャニーズに残る対価として何らかの“前向きな心と言葉”をもらったのでは、とも考えられます。メリーさんの思惑通りか、結局はIさんは“生謝罪”後に事務所を出ていくことになったのです」(前出・芸能リポーター)