女優・冨士眞奈美が語る、古今東西つれづれ話。大山のぶ代さんとの「思い出のカレー」を振り返る。
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NHKでの新人時代の思い出
テレビに出だして間もないころ、『少年期―母と子の四年間の記録』(1950年に光文社より刊行)の著者である、心理学者の波多野勤子さんが、突然、私に会いにNHKまでいらしたことがあった。同作は、少年期のご長男との間で交わされた往復書簡集で、その後、木下惠介監督によって映画化されたベストセラー。どうしてそんなすごい方がデビュー間もない私に用があるのか、さっぱりわからない……。
放送が始まる、本番前。近くの喫茶店で、何がなんだかわからないまま波多野さんとふたりきりでお話をすることになった。どうやら、テレビに出ていた私を見て、ご長男さんがファンになってくださったらしい。でも、心理学者だからか、じっくりと私を観察している感じがして、なんだか品定めをされているような気分だった。
当時の私は、まだ二十歳前。しかも相手は、飛ぶ鳥を落とす勢いの大先生。ただただ緊張するばかりだった。何を飲んでいいかもわからないから、とりあえず目に入ったメニュー表の「スロージンフィズ」という飲み物をオーダーしてみた─のだけれど、これってお酒なのよねぇ。
その後、うわばみのようにお酒を飲むことにハマってしまう私だけど、このときは、まだお酒の知識はゼロ。まさかお酒だなんて思っていないから飲んで「あ! 甘くておいしい」と。といっても、緊張で味なんか覚えていないんだけどね。心理学者の波多野さんには、“昼間からお酒を注文するデビューしたての女優”がどう見えていたのか……不安だわ(笑)。
必死にお話を合わせて、なんとかNHKへと戻ってくると頭がフラッとする。この後、本番が控えているというのに、ああ、このタイミングでスロージンフィズが……。すっかり気分がよくなってしまった私は、あろうことか本番中にセリフを5ページ飛ばしてしまうという大失態を演じてしまった。しかも、生放送のドラマだったから番組が5分くらい早く終わっちゃって……。ディレクターさんが始末書を書く羽目になったほど。現在だったらありえない騒動よね。
このころ、私は“ペコ”こと大山のぶ代と一緒に住んでいた。もうこの連載で、ペコはセミレギュラーみたいなものね、アハハ。