数奇なもんである。人の出会いとはこんなにも想定外のことにあふれているのかとつくづく思う。また、仕事もそうだ。私が散々やられてきた“にっくき週刊誌!”で、このようなページが刷られ、自身で文章を書き、原稿料(いくらか聞いていないが太っ腹であってほしい、チラッ)を頂く日が訪れるとは夢にも思わなかった。数々の写真付きで。
それもこれも、週刊女性のカメラマン“ナベちゃん”との出会いからである。その男も、その出会いも、不思議である。この記事を読まれる読者の皆さまの少しのお時間を頂戴し、この謎の男・ナベちゃんとの今までを語らせていただきたい。
「あぁ、ついに来たか」と
さかのぼること約1年半前、その日は山中で私の車がエンコし、地元の女性猟師・Kさんが猟友会支部まで私を送迎するために車を出してくれた。自宅に帰り着くと、私の帰りを待っていた土地のオッチャンから「でっくん、こっちでお茶飲もうよ〜! Kちゃんも〜!」と声がかかった。
柔らかく麗らかな春の日差しに包まれた午前中。家の前には川が流れ、せせらぎを聞きながらノビをする。見上げた木々の緑は萌黄色の新緑を過ぎ、強く握りしめれば水が滴るのではないかと思うほどに生き生きとした水気を含んでいる。あと1週間もすれば、山は青々とした夏色になるだろう。
そんなことをボケーッと考えていると、坂の下から見慣れない一台の車がノロノロと上がってきた。黒のセダン。レンタカーを知らせる“わナンバー”。我が家はわかりづらーい山道を入り、落石跡や倒木が「折り返すなら今だぞ!」と緊張感を演出する長〜い山道をダラダラと上ったところにある。言い方を変えれば、見慣れない車を見ただけで「不審だな」と意識してしまうほどに田舎である。そんなところに住んでいる人間こそ不審である、という話はいったん置いといて。
車は家の前を通り過ぎ、Uターンをし、里に戻る山道をまた下っていった。道に迷っているようなら助言をしようと声をかける準備をしていた私と猟友は、素知らぬ顔で下っていくレンタカーをただ見送った。
夕方、日も沈みかけ空は濃紺に、遠く山々の稜線は群青と紫に暮れかかるころ、私は温泉の駐車場で車から降り立った。瞬間、パシャパシャ!とたかれるフラッシュ。眩しい。目が痛いくらいに感じる。しかし、頭は一瞬で事態を把握した。「あぁ、ついに来たか」と。記者に声をかけられる。
「私、週刊女性のNと申します。東出さんですよね。今日ご自宅の前で一緒にいた女性は新恋人ですか?」
内心。「うわぁ〜うぜぇ〜」「ここにまで来やがったよ」「マジかクソだな」「ったく、一発○×□!」といろんな感情がよぎった。しかし、それと同時に予想と事態が合致した、諦観交じりの「ほう、やっぱりね」という思いも湧いていた。というのも、数日前から猟友会や土地の関係者の間で「東出の居場所を探している不審者がいる」という噂が流れ、それを耳にしていたからだ。
「せっかく、田舎に引っ込んだのに、ここまで来んのか!? もういいだろ! ほっといてくれよ!」が心からの本心だった。が「ん? 待てよ? いま新恋人とか聞こえたな?」と、逡巡した。女性猟師さんは、婚約されている彼氏さんがいた。これで私と写真が撮られ、「新恋人!(猟友)」「朝からドライブデート!(猟友会の送り迎え)」「山奥で密会!(オッチャンもいるけど)」と書かれては、猟友とご家族と彼氏さんに対して申し訳なさすぎる。そう思い、シカトを決め込む寸前だった私の口が開かれた。
「いえ、違います。こんな隠し撮りや直撃じゃなく、ちゃんとした取材依頼をしてください」
そんなことを言うつもりもなかったが、ず〜っと以前から思っていた「人と人同士で話せば、きっとわかってくれるはず」という願望にも似た想いが口をついて出たのかもしれない。いや、「本音で話してそれでもダメなら、やっともう諦められる」と、諦める理由を探していたのかもしれない。
ガードレールに腰をかけ、「初対面でごめんなさい」と断りを入れてタバコに火を点ける。なかなか話し終えない私と記者さんを不審に思ったカメラマンが黒いセダンから降りてきた。あぁ、午前中のレンタカーだ。ふと「記者さんもカメラマンさんも、仕事でこんなとこまで来て、俺が温泉に来るまで何時間も待っていて、大変だなぁ」と思った。同情したとかではなく、「金を稼ぐって大変だなぁ」と、人ごとのように考えたことを覚えている。数十分立ち話をしたが詳細は失念した。「編集部に相談してみます」と言われ、その日は別れた。