「親離れしなきゃいけないんですか?」
「お子さんの受験時に、親御さんがついていらっしゃることは増えたように感じます。約5~6年ほど前からでしょうか」
こう語るのは、法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎教授。法政大学では、子どもの受験に同伴してきた両親のために、大教室をひと部屋用意するようになったという。
「教育学の授業で“反抗期があったという自覚がある人は挙手して”と生徒たちに問いかけても、100人いて10人にも満たない人数しか手があがりません。どんな反抗期だったか尋ねても、“お父さんがなんかイヤで無視してた”というくらいのもの。今の子どもたちは、親とまともに衝突してきた経験がない子がほとんどなのです」(児美川教授、以下同)
かつての親は子どもたちの壁となる存在だった。それは、危険な外敵から身を守るバリアとしての作用を持つ一方、子どもが意見をぶつけ、ときには煩わしさを感じるような障壁にもなった。
「しかし、今の大学生の親世代は、どちらかといえば“友達親子”。子どもと対峙するよりも、横に並んであちらこちらにグイグイ引っ張るような感覚です。これは少子化が進み、単純にひとりにかける時間が増えたことや、経済的な余裕ができたことが原因かもしれません」
児美川教授の授業で親離れ子離れについて尋ねても、「絶対に親離れしなきゃいけないんですか?」という声があがるほどだという。
「子どもたちは親という壁を破る気がありません。言わば、起きる気がない蚕のサナギ状態。お父さんお母さんという安全な繭にくるまれている現状は、居心地がいいのでしょう。とはいえ、依存しようとも思わず、のらりくらりといなしている印象。干渉を重く受け止めません。
それゆえ、親がどんどんパワフルさを増し、子どものライフイベントすべてに介入しだしたのです」
大丈夫、ママがうまくやってくれるから
確かに、実際に大学生の話を聞くと驚かされる。関東圏の自宅から、都心の大学まで片道1時間半以上かけて通う女子大生・笹原美奈さん(仮名=19)は言う。
「さすがに家から大学がとても遠くて、1時限目に遅刻してしまったことが何度かあります。その授業の担当はとても厳しい先生。遅刻や欠席が3回あると絶対に単位がもらえないんです。
母はわりと、私の大学生活を気にかけてくれていて、単位を落としそうになったときに相談しました。すると“こんなに遠いんだから大変よね。私から先生に謝ってあげるわ”って、先生に直談判してくれて。母のサインと印鑑があれば、遅刻免除ということになりました。
悪いことをしたら、もちろん反省します。でも、その人たちに面と向かって謝ったことがないんです。“大丈夫。ママがうまくやるから”って壁になってくれるので。私も任せちゃいます(笑い)」
謝ることもいとわない親と、謝らないことが当たり前の子ども。何もしない子どもとは裏腹に、親はどんどんパワーを増していく。
自分の学生時代とのギャップに気づけない親も
「最近になって、お子さんの就職活動を気にする親御さんが増えたように感じます。地方ごとに保護者会があるのですが、以前はそこへ行っても野球の話ばかりだったのに、今や就活の話が多くの割合を占めますね」
就活は子どもたちがいちばん不安定になる時期。サポートの仕方が大切になるが、「現代と自分の学生時代とのギャップに気づけず、子どもの首を絞めてしまう親もいる」という。
また、お好み焼きソースで有名な広島・オタフクグループをはじめ、入社式に親が同席するという会社も少なくない。親に“サプライズ”を依頼しているという東京のブロードバンド企業・株式会社NGUも、そのひとつ。
「7年前から行っています。社長の意向で、親の無償の愛に感謝し、社会への船出を自覚するというのが狙い。お手紙と幼少期の写真をお借りしてムービーを作っています。なかには、親とケンカしたあと仲直りをちゃんとしなかった社員が、数年を経て親の本音を知るなど、社員一同が涙するシーンも。いい機会になっていると思います」(広報)
子どものライフイベントのどこを見ても、必ず親がいる時代なのだ。