【好評連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】顔に熱湯をかけられるなどの虐待を受け死亡した埼玉県の3歳女児。目が合ったので気に食わないという理由から暴行を受けた東京都の3歳男児。連日、痛ましい虐待の報道が後を絶たないが、最近の児童虐待には、あるひとつの特徴があるとフィフィは指摘する。
SNSの幸せアピールの裏に隠された虐待の事実
あれ、あの人の様子がちょっとおかしいな、どうしているのかなと思ったとき、現状を知ろうとして私たちはSNSを見ますよね。
先日、虐待を受けて亡くなった埼玉県の女の子の母親も、SNSで子どもとの生活の様子を発信していました。
しかし彼女のブログには、子どもを可愛がり、良いお母さんをしている様子が伝わる写真ばかりがアップされているわけです。
幸せそうな写真とは裏腹に、実際には子どもを虐待していたという、こうしたケースが最近増えているんです。
SNSは友だちの日々の行動とかを見ることができる便利なプラットフォーム。だけど、それが逆に虐待の温床になっている側面があります。
身に覚えのある方も多いと思いますが、SNS上は「リア充アピール」がなされる場。基本的に、良いところしか見せません。
実際には虐待をしていても、その様子をわざわざ発信したりはしませんよね。
つまりSNSの写真なんかを鵜呑みにしてしまうと、“あの人は大丈夫だ”と周りは安心してしまい、SOSサインを見逃してしまうんです。
本来、情報を伝えるためのSNSが、かえって事実を見えにくくしてしまい、さらには大丈夫ですよという逆のサインを発信してしまっているわけです。
ではなぜ、虐待をする親たちは、良いお母さんを演じている様子を発信したがるのか。
その背景には、ママ友の世界にも広がる、加速する「リア充アピール」と承認欲求があります。良いところを見せ、ママ友同士のなかで自分も褒められたいという気持ちが、どんどんプレッシャーとして自分を追い詰めていき、子どもまでをも自己アピールの道具として利用してしまっているんです。
子どもと食事に行っても、子どもと向き合うのではなく、いかに美味しそうに料理の写真を撮り、発信するかに夢中になっているお母さん、周りにもいませんか?
育児に必要なのはSNS上の繋がりではなく、対面の繋がり
本当に知るべきなのは、SNSのなかで作り上げられた虚構の現実ではありません。
そして、本当に人と人が向き合おうとするならば、SNS上での希薄な人間関係ではなく、お互いのことを心から打ち明けられるような仲間との関係性が必要なのではないでしょうか。
たとえば、練馬区のボランティアが「ねりまこども食堂」というのをやっています。食べる環境の大切さを伝えるため、子どもは無料・大人は1食300円でご飯が食べられるんですね。
そこでは、子どもと大人が揃って顔を合わせ、交流できる場になっているんです。
全国各地に広まりつつある、こども食堂。こうした場に足を運ぶことによって、食のコントロールはもちろん、相談する相手もでき、育児のノウハウを学ぶことができるはずです。
周りもまた、SNSでは見えなかったSOSサインに気付くこともできるはずです。
日本では貧しさだけで人が死ぬことはありません。しかし、孤立は人を殺してしまいます。そして孤立を防ぐために必要なのは、SNSではなく、実際の対面の場なのではないでしょうか。
行政も単に「子ども手当」として現金をばらまくのではなく、こうした対面のコミュニケーションを育てるための場をもっと充実させるべく支援していくべきだと思います。
《構成・文/岸沙織》