中嶋祥子さん(70)は'14年10月20日、41年間も勤務した東京都立職業能力開発センター江戸川校から“再任用拒否通告”を受けた。
任用とは、公務の世界で、任命権者がその裁量で特定の人を特定の職につける行為を言う。再任用拒否とは、いわゆる“クビ”である。
職場で指導的立場にいた中嶋さんはなくてはならない人材だった。思い当たる節があるとすれば、中嶋さんが、自身も含めた非正規職員の労働環境を改善するため闘ってきたことだ。
20代での出産後、女性が育児をしながら在宅でできる仕事をと、江戸川校でトレースを学んだ。そして、卒業後に在宅ワークをしていたとき、センターの担当教官から「講師を募集している。応募しませんか?」との誘いを受け受験。
指導員免許を取得すると、パソコン上で製図を引いたり設計を行ったりするCAD製図科などの非常勤講師として、江戸川校で多くの人の職業訓練に携わった。だが非正規という立場の公務員には不平等を感じざるをえなかった。
正職員と同じ仕事を同じ時間働いても、賃金は安いし、ボーナスはない。交通費も出ない。肉親が逝去しても休めない。中嶋さんの甥が若くして亡くなったとき、職場に休暇を申し出た。
だが「あらかじめ申請してくれなければ困る」と言われ、中嶋さんは通夜だけに顔を出し、日中の葬儀には参列できなかった。
「人の死に軽重はありません。正職員が取れる忌引休暇を非正規が取れないのは納得できませんでした」(中嶋さん)
労働環境を改善しよう。その思いから'90年、中嶋さんは、都や区で働く非正規職員のための組合『都区一般労働組合』(現:東京公務公共一般労働組合。以下、公共一般)に加入し、同組合の分会として『職業訓練ユニオン』を設立。
東京都と団体交渉を行い、交通費の支給を実現した。中嶋さんは現在、公共一般の執行委員長に就任している。
とはいえ職場の労使関係は良好で、1年契約の勤務も毎年、健康診断書を提出するだけで継続できた。
「だから、ずっと働き続けられると思っていました」
これは、一定数の非正規公務員が感じるところだ。ところが'08年、都は、非正規職員が働けるのは上限5年とする『5年有期雇用制度』(1年契約の更新は4回まで)を打ち出した。
非正規職員にも生活がある。食い止めねば。翌年、公共一般は都に団体交渉を申し入れたが、都はこの件での団交を拒否。
公共一般は東京都労働委員会に「不当労働行為救済申し立て」を行い、委員会は「団交拒否は不当労働行為」と認定。法廷闘争にも持ち込まれ、最高裁でも'14年に同様の判決が出た。
そして、中嶋さんに再任用拒否通告が突きつけられたのは、冒頭に書いたとおり、その翌年の10月だ。さらに5か月後の'15年度末には、ユニオンの組合員も含んだ31人の非正規講師が“雇い止め”となった。
雇い止めとは、契約の任期満了に伴い契約更新しないことを意味するが、中嶋さんの場合、表向きの理由はCAD製図科が民間委託されるということだった。
だが従来、センターで廃科や廃校があっても、講師は他校・他科目・類似科目への配置転換で勤務が継続されたのに、このときはそれがなかった。
中嶋さんらは、都の類似科目の公募選考に応募。はたして任用されるのだが、その勤務実態は劣悪だ。それまで年400時間働いていたのが、再任用先の他センターでの勤務時間は年わずかに40時間に減った。
「年金があるとはいえ、これでは生きること自体が難しい。私たち非正規職員は職場を支えてきたし、家庭も支えてきました。どうしても納得ができません」
中嶋さんは昨年5月29日、原状復帰を求めて東京地裁に提訴した。訴えたいことはもうひとつある。
「CAD製図科を担当していたときの就職率は8割前後ありました。都議会での報告によると、民間委託された今は約4割にまで減るそうです。この仕事は利潤追求ではできません。公がきちんと責任をもつべき仕事があることをいま1度、認知してほしいのです」
取材・文/樫田秀樹