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厚生労働省が2022年に行った〈国民生活基礎調査〉によると、便秘だという自覚のある人の割合は、高齢になればなるほど高くなります

 と話すのは、順天堂大学医学部教授の小林弘幸先生。

加齢に伴う腸機能の著しい低下

 この調査で便秘に悩む女性の割合は、40代と比較すると、70代前半で約2倍、80代で約3倍に。年齢とともに、うなぎ上りに増えている。

高齢になると、咀嚼(そしゃく)力や消化吸収力が衰え、運動量も減ります。その結果、食が細くなるので、栄養が偏り便通を促す食物繊維の摂取量が減少。また水分も不足しやすくなるので、便が硬くなります」(小林先生、以下同)

 腸内環境が悪化しやすくなることも研究によって確かめられている。

高齢になると、腸内環境の多様性が失われ、ビフィズス菌など有用な菌は減る一方、大腸菌などの有害な菌は増えることがわかっています

 胃腸の活動を調整する自律神経の乱れも便秘の原因に。

「男性は30代半ば、女性は40代以降になると、緊張時に働く自律神経である交感神経が優位な状態に偏りがちになるといわれています。そうなると腸のぜん動運動が抑制されるため、便秘が起こりやすくなります」

 高齢になると、腸に便がたまっていることを感じる感覚も鈍ってしまう。

「便意を感じにくくなると、便が腸内にとどまる時間が長くなります。すると便中の水分が腸に吸収されてしまい、便が硬くなるのです」

 加齢によって、腹筋や肛門括約筋など便を押し出す筋肉の力も弱った状態で、硬くなった便を排泄(はいせつ)するのは難しい。これらの要因が複合的に重なり合い、高齢者は便秘になりやすい、と考えられている。

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実践後すぐトイレに駆け込む人も!

 小林先生は1995年に順天堂大学医学部付属順天堂医院に日本初の便秘外来を開設。以来、2万人以上の便秘に悩む患者を診察してきた。

近年は腸活がブームとなっていますが、食物繊維やヨーグルトなど腸に良いものを意識して食べることに注目が集まりがちでした。食生活の見直しはもちろん大切ですが、経験上、それだけではお腹のトラブルはなかなか改善されません。

 特に慢性化した便秘となると、整腸薬や下剤を服用してもそう簡単にはよくならないのが現実です

 そこで小林先生は効果が出やすく誰でも実践できて続けやすい腸活の方法を長年研究してきた。その結果、たどり着いたのが運動療法の知見を取り入れた〈30秒腸活〉だった。

加齢によって腸の機能が低下するのは事実ですが、実は運動によって身体の外側から腸を刺激することで、これを補うことができます。

 私は便秘外来で患者さんに直接、30秒腸活を含む運動療法を指導してきましたが、なんと95%の患者さんに症状の改善が見られました。中には長期間、便秘が続いていたのに、運動療法を実践したとたん、腸が動く音がして、トイレに駆け込んだ人もいるほどです」

 30秒腸活では、2つの運動を行う。

1)腸のあたりをマッサージしながら、3秒吸って6秒吐く呼吸を何度か繰り返す〈腸もみ呼吸法〉
2)腕を上に伸ばしたまま、上半身を左右と前に倒す〈全身のばし〉

 どちらも30秒程度を目安に、行うだけで効果が見られたため〈30秒腸活〉と命名された。それぞれの運動に期待できる効果は?

腸もみ呼吸法では深くゆっくりした呼吸を30秒間繰り返します。すると自律神経と関係の深い横隔膜がよく動くので、自律神経のバランスが整います。腸をマッサージしながら呼吸することもポイント。

 これで身体の内と外から腸を刺激できますから、腸の動きがよくなり、排便が促されるのです

 では全身のばしは?

猫背や腰の曲がりなど姿勢が悪いと、腸が押しつぶされて動きが妨げられたり、血流が悪くなって腸に酸素や栄養が届きにくくなったりします。そこで、背筋を伸ばして上体を倒す動きによって、姿勢を矯正。

 おなかまわりの筋肉の硬さも便秘の原因になりますが、全身のばしによって、肩や胸、お腹の筋肉もほぐれるので、腸の内容物を移動させるぜん動運動も促されます

 要は30秒腸活を行えば、高齢者の便秘の原因である自律神経の乱れや筋力の低下を予防改善できるということ。さらに、たまった便を押し出す効果もアリ。

「便秘で便がたまりやすいのは、小腸と大腸をつなぐ入り口あたりと、3か所ある大腸の曲がっている部分。腸もみ呼吸法と全身のばしはこれらの箇所を外側から刺激しますから、便秘の改善に非常に効果的なのです」

毎朝の習慣にして腸から若返り

 効果を最大にするためには、取り組む時間も鍵に。

「自律神経は朝に、リラックス時に働く副交感神経から活動時に働く交感神経に切り替わります。この切り替えがうまくいかず自律神経のバランスが乱れると腸の働きも悪くなりますが、朝の30秒腸活を習慣化すれば、自律神経がスムーズに切り替わるようになります」

 実践した患者さんからは、〈頑固な便秘が改善して肌の調子がよくなった〉〈お通じが規則的になり、1か月たたないうちに体脂肪率が2%減少。五十肩も治り、夜ぐっすり眠れるようになった〉といった喜びの声が届いているそう。

 運動療法の効果は、研究でも証明されている。

アメリカのイリノイ大学では、座りっぱなしの生活をしている人に6週間持久力を鍛える運動をしてもらい、腸内環境の変化を調べる研究が行われました。その結果、腸の健康を維持するのに必要不可欠な〈短鎖脂肪酸〉という物質の濃度が上がることがわかったのです

 短鎖脂肪酸はビフィズス菌などの腸内細菌が作る身体に良い産生物。つまり30秒腸活によって、加齢による腸内環境の悪化も防げる。

腸内環境がよくなれば、便秘だけでなく下痢やお腹の張り、おならの臭さなどのトラブルもよくなります。それだけでなく自律神経のバランスが整い、免疫力が高まり、血液もきれいになるので、肌のトラブルやアレルギー、風邪、うつ病などさまざまな心身の不調を遠ざける効果も期待できます

 毎朝の30秒腸活で身体全体の健康もキープ!

全身のばし

全身のばし

(1)足を肩幅に開いて立ち、手を頭の上に伸ばして、手首を交差させる。
(2)息を吐きながら上体を左に倒して、息を吸いながら戻る。
(3)息を吐きながら上体を右に倒して、息を吸いながら戻る。
(4)息を吐きながら上体を前に倒して、息を吸いながら戻る。
(1)〜(4)を30秒間繰り返す。

腸もみ呼吸法

腸もみ呼吸法

(1)足を肩幅に開いて立つ。両手は肋骨の下をつかむように、お腹の横に当てる。
(2)腸をもみながら、ゆっくり背中を反らして、3秒鼻から息を吸う。
(3)腸をもみながら、ゆっくり上体を前に倒して、6秒口から息を吐く。
(1)〜(3)を30秒間繰り返す。

小林弘幸先生●順天堂大学医学部教授。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。

お話を伺ったのは……小林弘幸先生●順天堂大学医学部教授。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。著書に『腸の名医が30年かけてたどり着いたお腹が弱い人のための30秒腸活』(アスコム)

小林先生の著書『腸の名医が30年かけてたどり着いたお腹が弱い人のための30秒腸活』(アスコム)※画像をクリックするとAmazonの商品ページにジャンプします。

取材・文/中西美紀