講演やトークにも生かされる落語
’04年、アテネ五輪の年には、世之介さんに請われて池袋演芸場の昼席にまで出演する。
「普通、素人が寄席に上がるなんてことはありえない。でも、世之介さんが落語協会に話してくれたら、意外にも了承されて出演できました。毎日、昼過ぎに演芸場の楽屋に入り、着物着て高座に上がって、着物をたたんで帰ってくる。まるで本物の噺家ですよ。
もちろん昼席のトリは世之介さん。ある日、彼が体調を崩して長く話せなくなり、“慎ちゃん、長くやってくれ”と言うんで、いつもは15分くらいのところを50分やった。アテネ五輪が近かったから、オリンピックネタを盛り込んでいったら、たっぷり話せて、お客さんも大ウケで満足してくれました」
森末の落語について、金原亭世之介さんはこう言う。
「普通、素人が落語をやる場合、プロの落語家をまねしようとするんです。“えー、毎度ばかばかしいお笑いを”なんてね。でも、彼の場合は、自分の噺を自分のしゃべり方で話す。だから間違いなくうまい。プロと同じ目線で落語をやってますね。だいたい金メダルを取るような人は何をやってもうまい。そもそもしゃべり手としての技術を持っているから、講演でもまるで落語を聴いているように観客を楽しませることができる。勘がいいんですね、きっと」
森末自身も落語をやってよかったという。
「落語の会話は、右、左の向きで対話に見せるんだけど、それを講演にも取り入れると話がリアルになって、観客も入り込みやすいんですよ。笑いを誘うコツも落語に学んだことはたくさんあります」
元体操選手で、2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事でもある田中理恵さんも森末のトークを絶賛する。
「森末さんは、大先輩であり、また奥様が日体大の女子体操の監督でしたから本当にお世話になっています。よくトークショーなどもご一緒するんですが、体操の技術的な話を一般の方にわかりやすく伝えるテクニックには感動します。選手が試合に臨むモチベーションはどんなものなのか、というような話までできるのがすごい。私も見習わなきゃいけないところがたくさんありますね」
オリンピックのメダリストでありながら、落語も話せる──それだけではない。森末には、もうひとつの特技があった。それは音楽である。
「青春時代は、フォークソングの全盛だったから、僕もギターを弾いてました。大学では、体操の一方で後輩を集めてバンドを組んでました。バンド名は『ジムナスティックバンド』。日本語にすると、ずばり『体操バンド』なんです(笑)。オールディーズの曲が中心で、最初はドラムを叩いていましたが、そのうちボーカルも担当するようになりました」
10年ほど前からは、通っていた空手道場の仲間と「二子玉~ズ」というバンドを組み、年に数回ライブ活動を行う。
「カバー曲もやるけれど、オリジナル曲も作って、自主制作でCDアルバムも出してるんですよ。最近では、アコースティックギターで弾き語りするライブもやっています。実は青春時代に憧れながら高額すぎて手が届かなかったマーティンのギターを手に入れたこともあってね。披露したいじゃないですか、自慢のギターを(笑)」
現役引退後、芸能界に身を転じた森末、一方の具志堅さんは指導者としての道を歩み、現在、母校である日本体育大学の学長を務めている。
「それぞれの道で新たなスタートを切った私たちですが、森末君には得意な分野をさらに広げてほしい。体操漫画の原作はじめ、オリンピックのテレビ解説などその活躍には頭が下がる思いです。これからも体操の普及、発展に尽くしてくれると思っています。心から応援しています」
さて、最後に2020年東京五輪の体操の見どころを聞いてみた。
「男子は、3年後には31歳になる内村がどうなのかによるでしょうね。やはり、彼の存在の有無は大きい。けれど、選手としてのピークは過ぎていますから。あとは白井選手たちが、どれだけ頑張れるか、それによってメダルをとれるかどうか決まってくるでしょう。
女子はすごく強くなってきているので、銅メダルは狙えるんじゃないですか。世界選手権などの放送もよく視聴されるようになって、体操競技の楽しみ方を理解してくれるファンも多くなっています。チームでの戦略などがわかればさらに競技が楽しめます。
僕もいろんな形で応援していこうと思ってますよ。まずは『ガンバ!』の続編をやろうと思ってるんです。藤巻駿の息子が活躍する物語。その構想はもうあるんですよ。また漫画を読んでオリンピックを目指す少年が誕生してほしい。内村航平に続け! ですね」
取材・文/小泉カツミ
こいずみかつみ ノンフィクションライター。医療、芸能、心理学、林業、スマートコミュニティーなど幅広い分野を手がける。文化人、著名人のインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』など。近著に『崑ちゃん』(文藝春秋)がある。