2000年12月31日、20世紀最後の日に日本中を震撼させた「世田谷一家殺人事件」。いまだに解決をみないこの凶悪事件の被害者遺族、入江杏さん(60)。最愛の妹家族を奪われ、暗闇のように絶望的な日々を乗り越え、今、「ミシュカの森」主宰、そして上智大学非常勤講師として人々の悲しみに寄り添う活動を行っている──。
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11月15日、明治大学のホールで、講演が始まろうとしていた。
「学部はどこ?」「今日は、どんな話が聞きたい?」
講師の入江杏さんが、着席している学生に、気さくに声をかける。
講演のテーマは『犯罪被害者支援のつどい』──。
冒頭、スクリーンに映像が流れ始めると、学生たちの表情が引き締まる。
2000年、12月31日に発覚した『世田谷一家殺人事件』の報道番組を、10数分に編集したものだ。
当時、世田谷区上祖師谷に暮らしていた、宮澤みきおさん(44)、妻・泰子さん(41)、長女・にいなちゃん(8)、長男・礼くん(6)〈年齢は当時〉の一家4人が殺害された事件は、17年たった現在も犯人逮捕に至らず、未解決事件となっている。
「みなさんは、この事件を知っていますか?」
VTRが終わると、入江さんが静かに語りかける。
若い学生のほとんどは知らなかったが、中高年の参加者は大きくうなずく。
「あの日、事件をニュースで見たとき、自分が何をしていたかまで覚えている方も多いんです。大みそか、という特別な日でしたからね」
確かにそうだ。自らを振り返っても、大掃除を終え、のんびりテレビを見ていたとき、不意に飛び込んできたニュースに凍りついたことを、今も鮮明に記憶している。
かわいい子どもたちの命まで奪った残虐な事件は、日本中を震撼させ、20世紀最後の凶悪犯罪と呼ばれた。
だが、ほとんどの人は知らなかったのではないか。
殺害された宮澤さん一家のすぐ隣に姉一家が暮らしていたことを。事件を機に、姉一家も大きな渦に巻き込まれていったことを──。
その姉が、入江さんである。
「“世田谷事件の遺族です”、そう人前で話せるまでに、6年かかりました。そして、今、17年たった私の姿です」
穏やかな表情は、犯罪被害者遺族という言葉が不釣り合いなほど。ざっくばらんな話し方も、実に親しみが持てる。
講演の中では、事件を語る一方、被害者遺族と周囲が、どう向き合えばいいか、という話にも多くの時間を割いた。
終盤では、次々と質問する学生に、「いい質問ですね」と、時に笑顔を見せながら、自分の考えを伝えていた。
その姿が物語っていた。
17年を経て、入江さんが、「助けが必要な人」から、「助ける人」へと立場を変えていることを。
事件があった『あの日』から、どう生き直してきたのか。
壮絶な日々を振り返ってもらった。