こうして海水に浸かった流木の何本かは、奇跡的にヴァイオリンとして新たな命が吹き込まれた。だが、通常の製作過程とは違う苦労を味わうことに。
「普段ならば、ヴァイオリンにするために木目などを見ながら細断していくんですが、流木はすでに床板などとして切ってあるわけですよ。だから木目はどういうふうに切ってあるかわからない。非常に苦労しましたね。そのときは、“もう音はどうでもいい。ただ、人に語りかける音色であってくれればいいな”と。その一心で作りました」
美智子さまのお言葉をずっと胸に
苦労の末に生まれた津波ヴァイオリンは、'12年3月11日に陸前高田の慰霊祭でイヴリー・ギトリス氏によって初めて人前で演奏された。
「彼を1人目として『千の音色でつなぐ絆プロジェクト』をスタートさせました。プロやアマを問わず、1000人のヴァイオリニストの手から手へ、復興の思いをつないでいければと。震災を風化させないためにも、続けていきたいです」
すでに540人ほどのヴァイオリニストに、震災ヴァイオリンはつながれている。
そして、このプロジェクトに共感されたひとりが、皇后美智子さま(83)だ。
「私が美智子さまにお会いしたときに、“千の音色でつなぐ絆を1日も早く達成したいと思います”と申し上げたら、“人は忘れやすいですから。ゆっくりでも、1人でも多くの人にこの音色を伝えてくださいね”とおっしゃってくださいました。
日本人にとって千羽鶴など千という数は特別な数字です。決して千で終わるということではなく、美智子さまのお言葉を胸にずっと続けていきたいと思います」
そんな美智子さまの思いは、皇太子さまへも伝わっていた。'13年7月7日に行われた学習院OB管弦楽団の定期演奏会で、津波ヴィオラを演奏。天皇・皇后両陛下と雅子さまがそろって鑑賞された。
貴重な津波ヴァイオリンを中澤氏はあるひとりの青年に託している。脳性まひのヴァイオリニストでありながら今年4月11日にキングレコードからメジャーデビューする式町水晶くん(21)だ。