NHKの音楽番組『みんなのうた』で放送中の曲が話題を集めている。シンプルなメロディーに語りかけるようなやさしい歌声。聞く者の胸を打ち、「涙が出る」「せつない」「悲しいけれど心が温かくなる」などの声がSNSを飛び交う。とりわけ、母親や子どもたちに静かな感動が広がっている。
この曲、『天まで飛ばそ』を手がけたのは、シンガー・ソングライターの七尾旅人。自身の作品が『みんなのうた』で流れることは、昔からの夢だったと話す。
「『みんなのうた』は伝統と歴史のある番組。戦後の日本人にとって、心の原風景を形作る要素でもあったと思います。僕自身、子ども時代から好きでしたし、ずっと関心がありました」
古くから大衆に受け継がれてきた無数の曲がある。歴史のなかで自然に生まれて、広く共有されてきた名もない歌がある。ポピュラーミュージックに携わりながらも、民謡や童謡、唱歌といった「ポップス以前の音楽も好きだった」と語る七尾にとって、歌の意味を問い直すときに思い出す存在――、それが『みんなのうた』だった。
「何万年も前から人は歌っていて、いまのように産業化するよりも昔から、音楽に触れるためのいろいろな経路を持っていました。『みんなのうた』には、その伝統を現代に残そうとしている側面があるんじゃないかと思うんです」
人間の光と影を包む曲を作りたかった
1998年のデビュー以来、ジャンルの枠を超えて、さまざまな歌を鳴り響かせてきた七尾。しかし『天まで飛ばそ』は、映像作品『兵士A』のように日本社会を鋭く映し出すわけでもなく、ラブソングの手触りともまた違う。
「亡くなった祖父母がいちばん気に入っていた『赤とんぼ』みたいな曲、人間の光と影をすべて包み込む歌、善悪を超えて、ただ人間や世界がそこにポツンとあるような作品をいつか作ってみたかったんです。歌詞なんて少しも明るくないし、頑張れと背中を押してくれるわけでもない。
でも、あの寂しげな『赤とんぼ』には、幸せな人、苦境にいる人、どんな人間も抱きとめてしまう大きさや包容力がある。まるで空っぽの器みたいな曲なんです。『天まで飛ばそ』を作って、それに近いことが初めてできた気がしました」
これまでは作品を通して、「人間の有り様を描きたかった」と七尾は言う。
「社会のいちばんエッジに置かれている人々、暗がりや片隅で震えていたり、泣いていたりする人々の相貌をとらえたかった。震災後に東北で出会った方や、戦死自衛官や、途上国の子ども兵や、ストリッパーや、いろんなテーマで歌を作ってきました。もちろん俗っぽい曲も好きですし、自分自身の小さい悩みなんかも歌にしてきました」