大輔は、ひとたび家に帰ると、まるで別の人格のようにガラリと態度が変わった。
ちゃんと料理を作っても、毎日「お前、人のことなめてんのか? なんだこの飯!! おちょくってんのか!!」と怒鳴られる。「ごめんなさい」と謝っても、「声が小さいわ!」とグーパンチが飛んでくる。一度DVが起きると、怖くて、心臓がバクバクして、手足が震える――。蹴られたり、殴られた後は、相手の目をまともに見れなくなる。目が合ったら、さらに殴られるからだ。
殴られたり蹴られたりした直後に、大輔と一緒に子供を学校に迎えに行くという日々が続いた。一歩外に出ると、スポーツが得意な優しい父親の顔に変貌する大輔。学校では仲の良いおしどり夫婦で、通っている。そんな演技をするため、目を合わせたり、ほほ笑んだふりをする。それが一番辛かったと、麻里子さんは話す。
本当は怖くて目も合わせられないのに、どうやって仲の良い夫婦のふりをすればいいの――?
そう思ったら、自然と涙が出てきて、止まらなくなる。麻里子さんは、その苦しみの中で今にも引き裂かれそうだった。極度のストレスに襲われ、めまいがひどくなって、仕事ができなくなった。たまらず病院に行くと、ストレスによるメニエール病だと診断された。半年間、仕事を休むことになった。
地獄だ――と思った。
自分さえ耐えればいいんだ
そこまで、麻里子さんが耐えていたのは理由がある。あれだけ娘が憧れていた父親――。娘にとっての初めての父親というかけがえのない存在をなくしたくなかったからだ。そのためには、自分さえ耐えればいいんだ、そう思っていた。
「子供が大きくなるまで、どんなにDVがひどくても頑張ろうと思ってました。小学校の高学年になれば、あの人の正体もわかるだろうって。それなら“ママ、もう、あの人から離れてもいいよ”と言ってくれるような気がしていたんです。ちゃんと事情を分かってくれるまでは、自分が父親を奪ったとは、どうしても思わせたくなかった。
前の夫も離婚して自分が奪ってしまっているんです。どんなにひどい父親でも、急にいなくなったらかわいそうな気がして、ママ、もういいよと言ってくれたら離れよう、と思ってました。それまでは、どんなに辛いことがあっても、あの人の奴隷でいようと決めていたんです」