「それまで演劇なんてやったこともないし、特に好きでもなかったのに、入居してすぐにお父さんとお母さんのすすめで演劇活動をするチームに入ったんです。当時はまだ“家に帰りたい”と言っている時期だったのに、なぜか演じているときだけが唯一、楽しいと思えた時間でした」
不思議なことに人前で話すのは苦手なのに、セリフを言うのは恥ずかしくなく、いくらでもふざけてひょうきんな芝居ができた。それをみんなが笑って反応してくれるのも、うれしかったという。
「自分ではない役柄を与えられるとスイッチが入るんです。自分の素ではないので、何をどう思われても気にならないし、失敗して笑われても、自分から離れていることなので恥ずかしくないんです」
人は誰でも、日常を生きていくうえで何かしらの役を演じているのではないか、と奈央さんは言う。女性なら仕事の顔、母親の顔、妻の顔……。
「どれも自分だけれど結局、“本当の自分”なんてないんじゃないか。これまでずっと“私はダメな人間だ”と思ってきたけれど、お父さんに、“なりたい自分、理想の自分を演じ続けていれば、いつか自分と重なってくる”と言ってもらえて救われました」
舞台で輝いて拍手をもらえることで、彼女はしっかりと自分の幹を築いていった。今では主要キャストを演じ、ときには脚本も手がけるなど創作のうえで仲間を牽引する大事な存在となっている。
輝かしい未来へ
今回、なのはなファミリーを訪れる際、とても喜ばしい報告があった。昨年末に奈央さんが難関の税理士の国家資格を取得したことは聞いていたが、ついに税理士事務所の就職先が決まったのだ。
「私は39歳で社会経験がないし、資格は取っても実務経験がないので、働くのは難しいと思っていました。ただ、なかなか就職先が決まらなくても、きっといいところが見つかるだろうって焦らなかったんです。
3つ目に面接に行った事務所で所長にお会いして、その人柄と仕事への思いに惹かれ、この先生のところで働けたらいいな、と思っていました。すると、なのはなや私の摂食障害のことも知ったうえで“ぜひ来てほしい”と言ってもらえて、本当にうれしかったです」