「'16年は、容子の体調が安定していたので、ふたりで北海道に行きました。素晴らしい思い出がたくさん詰まった旅となりました」
そのころの彼女の日記には、こう記してあった。
《数日前から抗癌剤の副作用で足の裏や手のひらが痛み、行けるか不安でしたが、なんとか行けて本当によかったです。ギリギリセーフの旅でしたが、札幌で拓(長男)と会えたことも大きな喜びでした。私にとって、拓と圭司(次男)は宝物です》
“あのとき、そんなことを考えていたのか”と、彼女の思いを初めて知り、宮本さんは涙が止まらなかったという。
“生きたい。もっとあなたと過ごしたい”
北海道旅行の3か月後の日記には、こう記されていた。
《私は、残念だけれど、小春(愛犬)とあなたを置いていくけれど、しっかり生きてくださいね。天国で待っていますからね。ゆっくり来てください》
「私としては容子の病状は非常にいい経過で来ていると思っていた時期でしたが、その間も彼女は死を意識していたことがこの日記を読んでわかりました。私はのほほんとしていたというか、もっと容子を思いやれたかもしれないと後悔しました」
日記には、“生きたい。もっとあなたと過ごしたい”“家族に申し訳ない”という言葉がたくさん記されていた。
「彼女はこんなにも死と向き合って生きていたんだ……。心の中の葛藤が見えてくるようでした」
誰にでも必ず訪れるパートナーとの永遠の別れは、突然やってくるーー。
「容子を失ってみて、初めて実感したんです。こんなに喪失感があるというか、心にぽっかり穴があくというか……。これほどまでに大きいとは思ってもみなかった。
あのとき、“こうしておけばよかった”“ああしておけばよかった”という思いがいっぱいあるんです。だから、みなさんにはできるだけお互いに思い残すことがないように生きてほしいなと思います」
“料理をたくさん作りたい”“趣味の手芸を楽しみたい”“愛犬を連れてドライブに行く”“孫の誕生日会を開く”……。詩『七日間』で容子さんが願ったことには、特別なことはひとつもないからこそ多くの人の共感を呼んだ。夫婦で過ごす何気ない日常、それこそがかけがえのない時間なのかもしれない。