「娘にどうなってほしいという希望は、もうあまり抱いていません。ただ、私は私の人生を放棄しないために、同じ境遇の人と会って少しでも元気をもらおうと思って……」
京子さんは弱々しくつぶやいて立ち上がり、ゆっくりと杖(つえ)をついて歩いていった。今もほとんど外出せず、自室にこもることが多い50歳になる娘。京子さんにしてみたら、せめて家事を手伝ってほしいという気持ちもあるだろう。
だが、「そんなことさえ、もう言わずにいるの。もう何も期待していないから」と京子さんは背中を見せた。
家族とはうまくいっているけれど
一方、家族とはうまくいっているものの、なかなか社会に出られない40歳の息子を抱えているのは、富永裕子さん(仮名=70)だ。大学を出て就職した息子が、社内の人間関係につまずいて退職したのは25歳のとき。そこからうつ状態になってひきこもった。
「もともと明るくて元気な子だったし、病院にも通っていたから、しばらくすれば、また働くようになるだろうと思っていたんです。何があったのか聞いても詳しくは言わなかった。ところが1年たって、もう大丈夫そうに見えても仕事を探そうとしない」
裕子さんは焦った。
「普通に働いて、普通に結婚してほしいだけなのに、どうしてこの子は働こうとしないのか」という心配が怒りにつながり、がみがみ言ったこともある。すると、息子はますます自室から出てこなくなる。
「夫のほうが大らかで、まあ、もうちょっと様子を見よう、と。少しすると、ときどき出かけるようになりました。もともとあまりお金を使わない子なので、会社員時代に多少の貯金があったようで、それを取り崩していたみたい。どこに出かけるかは言わなかったけれど、当時、好きなアイドルがいてコンサートなどに行っていたのかなと思います」
ただ、お金がなくなってきたのか、だんだん出かけなくなっていった。その一方で、こんな変化が見られるようになった。夫にたしなめられて裕子さんが文句を言うのをやめたためか、夜になると自室から出てきて一緒に食事をとるようになったのだ。
「それでも時間だけはどんどん過ぎていきますからね。20代後半になったころ、夫が知り合いに頼んで仕事を世話してもらったことがあるんです。本人もこのままではいけないと思ったのか、働くと言って。でも1か月ももたなかった。それからはときどき短期のアルバイトをして、あとは家にいるという生活です」